ディアジオが2021年9月にエディンバラでオープンした「ジョニーウォーカー・プリンセスストリート・エクスペリエンス」が盛況だ。ツアーに参加しながら、スコッチツーリズムの今を知る2回シリーズ。

文:クリスティアン・シェリー

 

エディンバラ空港に飛行機が着陸し、スコットランドの澄んだ空気を吸い込む。到着ロビーに足を踏み入れた瞬間から、ジョニーウォーカー・プリンセスストリートは無視できない存在である。ビルの複数階にまたがった巨大広告が、駐車場の脇に掲げられている。観光客が気づかずに街へ入るのはほとんど不可能だ。

このインスタレーションのような巨大広告の一部に使われているのは、屋上の「1820バー」から見えるエディンバラ城の写真である。この写真だけで402平米を占めているというから驚きのスケールだ。空港CEOのゴードン・デュワーは次のように語っている。

オープンから1年が経ち、すっかりエディンバラ観光の定番になった。ディアジオによりスコッチツーリズムの大型投資は、さまざまな変化を引き起こしている。

「良い広告だと思いますよ。ターミナルに到着した乗客に、スコットランドの象徴的なブランドを紹介できますから。あれを見たら、みんなウイスキーを飲みたくなっちゃうでしょうね」

この広告の規模の大きさは、ジョニーウォーカーを保有するディアジオの意気込みも反映している。ディアジオは2018年4月にスコッチウイスキー観光への投資計画を発表したが、総額1億5千万ポンド(約230億円)という規模が世界を驚かせた。ウイスキー観光の分野に注ぎ込まれる投資額としては、もちろん過去最大である。

この予算には、スコットランド各地にあるディアジオのシングルモルト蒸溜所でビジターセンターを改修する費用も含まれていた。だがエディンバラのプリンセスストリートに新設される施設が、その費用の大部分を占めていることも明らかだった。瀟洒な8階建てのビルで提供するウイスキー体験、バー、小売店、オフィススペースを新たに用意するのは大事業に違いない。

あらためて考えてみたい。このウイスキー観光の施設はどんなものなのか。スコッチウイスキー業界をどのように変えたのか。そしてディアジオや訪問者にとって、どんな価値をもたらしているのか。

まず断っておくが、私はこれまでにジョニーウォーカー・プリンセスストリート・エクスペリエンスを3回訪れている。2022年1月にはランチでルーフトップバーを訪れ、その後9月と11月に、ディアジオ主催のイベントに招かれて訪れた。施設の環境、サービス、体験についていえば、3回とも大満足の内容だった。

2021年9月のオープン以来、ここには110カ国から35万人の人々が訪れているという。ビジターの50%以上は女性だ。女性はウイスキーを楽しめないという固定観念はどこへ行ったのだろう。訪問後に改めて面会したマネージングディレクターのバーバラ・スミスが言う。

「全訪問者の56パーセントは、普段からスコッチを飲まない人たちです。さらに、ここへ来たゲストの90%が友人や家族にも訪問を勧めたいと答えています」

そして私自身も、実際にこの施設を友人に勧めたいと思った一人である。
 

華やかなウイスキー体験がスタート

 
エクスペリエンスは、プリンセスストリートの一番端に位置している。街のシンボルでも有るビンズ・クロックにもほど近く、エディンバラ中心部の一等地といっていいだろう。街のあちこちから徒歩でアクセスできるため、どんなに短い滞在でも旅程に組み込みやすい。

建物への入り方は2通りある。その1つはリテールスペース(詳細は後述)から。もう1つは、美しく整えられた待ち合いスペースから。待ち合いスペースには、ウイスキー体験をしたい訪問者たちが集まっている。私たちの「フレーバーの旅」ツアーも、ここからスタートしよう。

伝統的なウイスキーのビジター体験とは異なり、洗練されたモダンな環境の中でブランドの世界観に触れる。ビジターの半数以上は女性である。

建物の中に入った瞬間から、ジョニーウォーカーの世界観に圧倒される。ここはスマートなホテルのロビーにも似た空間で、まばゆいまでにハイスペックだ。このようなデザインの方針に対し、当初は「伝統的なウイスキー体験」を好む人たちから批判が出たとのだという。ジョニーウォーカーの原酒を生産する地方の蒸溜所とイメージがかけ離れているという意見もある。

暖炉のそばのチェスターフィールドソファや、いかにもスコットランドらしいタータンチェック柄は見当たらない。その代わり、シャープなラインや鮮やかな色彩で飾られたスペースにさまざまなテクノロジーが駆使されている。スコッチの豊かな伝統と固有の贅沢さを伝えながらも、あくまで新鮮な表現方法を採用しているのだとバーバラ・スミスは説明する。

「古き良きウイスキーマニアのみなさんとも、つながりは維持したいと願っていました。でも同時に、ウイスキーが身近な存在であることをはっきりと再確認したかったんです。ある特定の人たちだけが楽しんでいる飲み物だという神話のようなイメージを打ち破りたいという思いです」

コンシェルジュのような温かいもてなしも、そんな戦略を実現するための効果的な方法だ。チェックインしたゲストは、まず香りの好みについてクイズに答えるように促される。その結果に応じて、特定の色のリストバンドが割り当てられる。このリストバンドは、この後のカクテルで重要な役割を果たすことになる。

この後の展開は、まさに「魅惑的」という表現がぴったりだ。約90分のビジター体験は、シアター、ストーリーテリング、そして没入型アニメーションインフォグラフィックなどで彩られている。ジャーニーのあらゆる段階に、驚きと喜びの要素が散りばめられているのだ。ジョニーウォーカーのブランドストーリーは、感情に訴えかけるものでなければならない。それがブランドに命を吹き込む必須条件なのだとスミスは語る。

「ゲストのみなさんは、到着直後からすぐにパワフルなストーリーテリングをご体験いただけます。このインパクトはとても大きいと思っています」

物語の主人公は、14歳のジョニーウォーカーだ。父親の死後、農家を失ったところから始まる。ここから人生は続き、一家はキルマーノックで食料品店を買い取る。そしてジョニー自身も貿易を学び、スコッチをブレンドするようになる。
(つづく)