ライ麦を知る【後半/全2回】
トウモロコシ栽培の全盛によりアメリカ産ライ麦が激減している。この状況を受けてアメリカの蒸溜業者はどう対処したのか。
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前半で説明したような事情により、現在アメリカの蒸溜業者で実際にアメリカ産ライ麦を使っているのはほんの一握りに過ぎない。ニューヨーク州にあるトゥシェルタウン蒸溜所の「ハドソンウイスキー」は蒸溜所から数マイル離れたタンティロ農場のライ麦を使用し、ダークホース蒸溜所はカンザス産ライ麦を使っている。どちらも小規模生産だから可能ともいえる。
では大手のバーボンやライウイスキーの蒸溜業者たちは、どこからライ麦を手に入れているのだろう?
答えは、カナダとヨーロッパだ。
「トウモロコシ生産が拡大したお陰で、アメリカでは商業生産されたライ麦が入手できなくなっています」と、カナダ産ライ麦を使っているウッドフォード・リザーブのマスターディスティラー、クリス・モリスは言う。
皆さんはヨーロッパのライ麦栽培はどの程度の規模で行われていると思われるだろうか?
調べてみると、2012年のEUのライ麦生産量は、同時期のアメリカの300万ブッシェル (WMJ註:ライ麦1ブッシェル=56 lb、およそ25.401 kg)と比較して2億5,300万ブッシェルだった。実に85倍である。
フォアローゼズのマスターディスティラー、ジム・ラトリッジ(写真右)は、いずれにしても欧州産ライ麦の方がウイスキーづくりには適していると考えている。
「ライ麦は発酵がとても難しいのです」とラトリッジは言う。「蒸溜に適した、言い換えればウイスキーに良いフレーバーをもたらすライ麦は、寒い地域で育ったものなのです」
ほとんどのバーボン蒸溜業者と同じく、フォアローゼズも官能/感覚検査と化学検査で原材料となる穀物を分析する。ラトリッジは主にカナダと欧州諸国からのライ麦を調べて、フレーバーの特徴と、酵素活性の尺度である「フォーリングナンバー値」を見ると言う。
「ライ麦は酵素含有比が非常に高いのです。比較してみると、他の穀物よりはるかに高いことがわかります。酵素濃度が高いほど発酵プロセス中に泡立ちが多くなるのです。酵素濃度があまりに高すぎると、発酵中の泡立ちを制御することが大変難しくなります」とラトリッジは言う。
「発酵槽に半分ほどしか液体を入れていなかったのに、酵素濃度が高すぎたために、泡が発酵槽から溢れたのを何度か目にしています。さすがにこれは驚きましたね。ですから、原材料であるライ麦の選別の際には、求めるフレーバー的な特徴とでんぷん含有量、酵素濃度の組合せで判断しますが、ここ15〜18年の間はヨーロッパ北部で収穫されたライ麦が最良でした」
2012年に蒸溜したフォアローゼズの原酒にはフィンランド産ライ麦入りのマッシュビルもあったが、現在フォアローゼズに使われるライ麦の大部分はドイツ産だ。ラトリッジのお気に入りを尋ねてみると、答えは明快だった。
「私がこれまでに見た中で最高だと思ったライ麦は、スウェーデンからのものでした。4年ほどは好んでそれを使いましたね」
つまり、たとえ国内産のライ麦が十分な量あったとしても、品質の点で輸入品の方が優れているのであればそちらを選ぶだろうという訳だ。そのスタンスは非常に彼らしく、「材料にこだわる」というのであれば最もな選択である。
バーボンの中に含まれるヨーロッパ産ライ麦は当面なくなることはないだろう。
EUは世界のライ麦作付高のおよそ53%を占め、北米ではカナダが筆頭だ。この分であればアメリカの農夫はトウモロコシの植付面積を減らすことはないと思われる。その収益はあまりにも良く、ライ麦は割に合わない。自然を相手にする農家にとって、確実かつ貴重な収入源なのだ。それにとやかく言う権利は我々にはない。
だから、マッシュビルにライ麦が含まれるバーボンを飲むときには、アメリカ産ライ麦ではないことを認識しておこう。そんな時代は遠い昔に過ぎ去った。しかし蒸溜業者たちの絶え間ない苦心と研究により、よりよいライ麦が選び出され、バーボンは風味豊かなスパイシーさで我々を喜ばせてくれる。クリスピーで軽快なライウイスキーのおかげで極上のマンハッタンを味わえる。昔と同じか、むしろそれ以上に。
スコットランドでは地元産大麦を使用することが増えつつあり、それは好ましい流行と言える。我々は自然への感謝、穀物の恩恵を忘れることなくウイスキーを愉しまなければならないのでは? ウイスキーに心地よいスパイシーさがある。ライ麦にしか出せないフレーバーを、きっちりと感じさせてくれる。それこそが重要なのだ。