“Single Malt Odyssey” ブルックラディ ジム・マッキュワン氏インタビュー 【後半/全2回】
ブルックラディはどのようにしてここまでたどり着き、これからどこへ向かうのか? マスターディスティラー ジム・マッキュワン氏独占インタビュー後半。
←前半
最初、私たちはあまり資金に余裕がありませんでしたから、初年度の生産量は25万リットルだけでした。しかし、これをブレンディング用に売ることはせず、全て「ブルックラディ」として販売するために手元に置いていました。翌年はもう少し多く、40万リットル生産ができました。
もちろん銀行に行って資金を借りることもできましたが、そうすると銀行は樽をくれと言います。それは、まだ巣立つ前の子どもを手放すようなものです。そんなことはできません。だから苦しい資金繰りでしたが、なんとか続けているうちに、状況は徐々に良くなってきたのです。マーケティングやPR担当がいなくとも、このウイスキーを飲んだ方々が自ら広めてくれました。本当にありがたいことです。
先ほどお話ししたように、アイラで仕事を見つけるのは簡単ではありません。アイラに生まれながら、仕事がなく島を出なければならない…しかし今はそんな状況を変えつつあります。ボトリング工場、ブルックラディから日本へ直接ウイスキーが送れる流通システム。これによって、島に雇用が生まれ、私の故郷であるアイラに活気がみなぎる…こんな嬉しいことはありません。廃墟のようだったブルックラディが、今は生き生きと動いています。
麦についてもそうですね。島の農家は非常に協力的です。世界大戦後、アイラではウイスキー用大麦は作られていませんでしたから、大きな前進です。それに今、キルホーマン蒸溜所もアイラ産大麦を使ったウイスキーをつくっていますね。彼らも素晴らしい蒸溜所です、良く知っていますよ。同じコンセプトのウイスキーですが、どちらが優れているということではありません。アイラの島民はみな繋がっていますし、このように地元の人々とともに、世界で愛されるウイスキーをつくるのは本当に良いことだと思います。
現在、ブルックラディには65人の従業員がいます。通常の蒸溜所であれば数人で事足りるでしょう。私たちが自慢できることのひとつに、いったん社員になった人には、株式を渡すということがあります。これによって社員はみな株主となり、仕事に情熱を注いでくれます。そして仕事を離れる際には、少しお金が手元に残ります。みな平等…清掃員であっても株主です。これだけの雇用を生み出し、蒸溜所はひとつの村のように、団結して動いてきました。
そして昨年10月、レミーコアントロー社(以下RC社)が蒸溜所を買収しました。同社は世界的なブランドを数多く抱える大企業で、当初幽霊船のようだったこの蒸溜所が力をつけてこの会社の目に留まったということは驚きでした。
しかしRC社がどういう方針なのかという不安もありました。コンピューターを導入しハイテク蒸溜所にしようとか、ボトリングはフランスで行うなどと言い出したら? もしそんなことになれば、私はそこにはいられない。やっとここで夢を実現したのに、それを悪夢に変えるようなことにはしたくありませんでした。私はブルックラディの代表として話し合いの場に臨み、RC社の会長であるジャン・マリー氏と対面しました。すると聞きたいけれども聞けないだろうと思っていた言葉が、彼の口から出てきました。
「ジム、なぜ我々がブルックラディを買収したかというと、この『他にないユニークさ』だ。他のどこにもにない素晴らしい商品を、自然に基づいてつくっている。資金も十分になく、情熱だけでやってきた。それに感動したのだ。我々はそれをリスペクトしている。だから今のまま、もっと高いところへ登っていってほしい。製造のスタイルには絶対に介入しない、ただ生産量を上げる手伝いをしよう。財務的なバックアップをして、補修や増強など必要なことは行うので、このままのつくり方を続けてほしい」
にわかに信じがたい、夢のような話でした。
RC社の力を借りて、私たちはまた進んでいける。資金繰りに頭を悩ますことなく、最高品質のウイスキーづくりのことだけを考えていればいい。65人の従業員に対して、車を買ったり休暇を楽しんだり子供に教育を受けさせたりという、安定した生活を保障できるようになりました。私が今何を誇りに思っているかと聞かれたとしたら、毎朝蒸溜所の門をくぐってくる従業員たちがみな笑顔であること。それに尽きます。
ただ、悲しいことに、ウイスキー業界はたくさんのマーケティングや広告で情報が入り乱れています。「アイラの大麦を使っているなんて嘘だ」「アイラ島で全て熟成するなんて不可能だ」そんなことを言われました。しかし私たちは品質で証明してきました。だから今私たちはウイスキーアカデミーを開き、人々にウイスキーとは何かを教えています。簡単な道ではありませんが、自分たちのつくるウイスキーを信じていますから。バグパイプやハギスがどうのといったストーリーではなく、ウイスキーそのものが持っている本来の力を伝える―それが最も大切だと思っていますし、人々もそれに気づいてくれると信じています。
そして今世の中は、自分たちが何を口にしているかを非常に気にし始めています。私たちは自信を持って、産地を明らかにしたウイスキーを提供できる…世界中に、とは思っていませんよ、それには蒸溜所は小さすぎます。しかし、求める人には確かなものをお届けできるよう、挑戦を続けていきます。
これが私のウイスキー人生50年が詰まった、最高のストーリーです。
しかしこれで終わったわけではありません。シングルモルト・オデッセイ…旅路はまだ始まったばかりです。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
終始穏やかに、時にはジョークやアクションを交えながら、ブルックラディへの思いを語ってくれたマッキュワン氏。ウイスキーへの情熱とアイラへの愛に溢れた言葉の一つ一つに、つい涙が浮かんでしまった。これほど心に響く語り方はそうそうできるものではない…それとも、まんまとジム・マジックの術中にはまってしまっただろうか? いや、それでもつくり手の想いとは、傍で見ている以上に強く、大きいものの筈だ。
ボトルを手に取った方々にも、そのメッセージが伝わることを願ってやまない。皆さんがブルックラディを愉しむときに、ふとこのストーリーを思い出していただければ幸いである。