ウイスキーづくりは、いくつもの物語を生み出す。教育を目的とした物語もあれば、販売促進用の物語もあるだろう。このような物語は、ブランドの差別化に役立ってるのだろうか。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

かつて麗しきウイスキー王国では、素晴らしい水がモルトウイスキーの味わいの秘密だと言われてきた。この話を気に入った人々は、清らかな水のイメージをロマンチックに思い描き、上等なウイスキーの品質に結びつけて理解するようになった。だが科学という名の戦士たちが王国に住み着くと、水の魔法は解けて効力が弱まった。その代わりに、人々は発酵、蒸溜、熟成にまつわる新しい新しい物語に目を輝かせながら聞き入るようになった。

このような物語は、ウイスキーの魅力をもっとも効果的に伝える手段だった。つまりウイスキーの歴史、神話、科学(これは新参の要素だ)を解説するストーリーを消費者に聞かせることである。

原則として同じような製法でつくられるモルトウイスキー。他ブランドと明確に差別化するには、固有の物語が必要だ。

有効な物語を作る要件とは何だろう。それはもちろん「事実」である。事実そのものに魅力がなくとも、その事実をもとにして物語を構築する。グレンフィディックのグローバルアンバサダーを務めるクラウディア・ファルコーネ氏が説明する。

「ウイスキーの物語といえば、どうしても技術面や機能面の話が多くなります。でも授業のように堅苦しい内容だと、人々の心は動かせません。本物のストーリーには、そのような技術面の話を越えたエモーショナルな要素も備わっていなければなりません」

ウイスキーづくりの物語が心に響くものにするためには、もちろん語り手の存在も重要になってくる。 グレンモーレンジィでウイスキーの蒸溜、熟成、ブレンドを管轄するビル・ラムズデン博士は自身の体験から解説する。

「グレンモーレンジィでもアードベッグでも、ウイスキーづくりに関する物語は私自身のパーソナリティーを反映したものになります。それが良い物語として成立するには、ごく私的な話として、説得力のある口調で語られなければなりません。個人的な思い出や逸話を交えると、プレゼンテーションは生き生きとしてきます。だから私は、誰も知らないような話を皆さんに披露したいといつも思っているのます」

革新的な新商品をリリースし続けているブランドなら、このような物語を伝える機会も頻繁に訪れることになる。シーバスブラザーズで蒸溜所運営部長を務めるグレーム・クルックシャンク氏はこう語る。

「ウイスキー愛好家は、なぜこのウイスキーがこのような味なのかという理由を知りたがっています。これがまさに物語の鍵となるもので、私たちの説明の仕方ひとつで伝わり方が変わってきます」

 

物語が先か、ウイスキーが先か

 

これは哲学的な問いにも続いている。物語とウイスキーの味わいは、いったいどのような関係にあるのか。ウイスキーづくりに関する興味深い物語は、きっと消費者の心を惹きつけるだろう。そしてまだ味わってもいないウイスキーを購入したい気分にもさせてくれるはずだ。

もちろん物語なしでウイスキーをしっかりと味わえないという訳ではないが、予備知識を入れた後に味わうことで大きな効果が期待できることも確かだ。レミーコアントローのウイスキー部門でCEOを務めるサイモン・コフリン氏に聞いてみた。

「事前に知識ばかりを先行させてしまうと、ウイスキーを味わう純粋な喜びに影響を与えてしまうこともあります。例えばオクトモアの場合、これが世界でいちばんピート香の強いウイスキーなのだと飲む前に知らせると、どんなことが起こるでしょう。敬遠して飲むのをやめてしまう人もいれば、逆に喜んで盛り上がる人もいるんです」

ベリー・ブラザーズ&ラッドのヘリテージディレクター、ロニー・コックス氏も次のように語っている。

「ウイスキーの風味とウイスキーづくりの物語は、もちろん分かちがたく結びついているもの。でもまずは先入観なしで味わって、その次にストーリーを聞くのが最善の策でしょうね。そうすれば、自分が好きなウイスキーの味わいの理由をストーリーで補強することができますから」

物語を伝えることで購買欲を刺激するのか。それとも実際の体験を補強する情報として物語を使うのか。過大な先入観は、薬にもなれば毒にもなる。

あらゆるウイスキーづくりの物語に必要不可欠な要素といえば、もちろんそのウイスキーをつくった蒸溜所自体の物語だ。前述のグレーム・クルックシャンク氏はこう語る。

「どんな蒸溜所にも、そこで生産するウイスキーに関連した物語があります。まずは現在のスタイルにつながる歴史や特徴について語られなければ話が始まりません。このような蒸溜所の物語はまえがきのようなもので、その後から各章で新しい商品のストーリーを紹介していくイメージですね」

ウイスキーづくりの原則はどんな蒸溜所でも共通だが、蒸溜所ごとに個性的な履歴書もある。たとえばベンロマックでは、生産方式があえてコンピューター化されていない。このような事実を知らせることで、物語全体が効果的に幕を開けるのだ。

蒸溜所のビジター体験でも、こんな物語を来訪者の好みにあわせて伝えることが大切になってくる。ベンロマックでブランドを指揮するアンドリュー・ハンナ氏の意見はこうだ。

「ベンロマックでは、ビジターのお好みに応じて3段階のツアーをご用意しています。試飲するウイスキーの種類を増やしたり、ガイドと話し合う時間を増やしたりすることでニーズに応えます。ガイドはみな経験豊富なので、グループごとの要望や期待にあわせながら説明の内容を柔軟に変えていきます。これはとても重要なこと。ツアーの内容が一字一句決められていたら、何だか味気ない無機質な体験になってしまい、ガイドもビジターもつまらなく感じると思うのです」

新しい知識を得ることには満足感があり、もっと知りたいという欲求も刺激するものだ。そうなると、ウイスキーづくりの物語は、どんどん細かい話に分化されていく運命にあるのではないか。前述のクラウディア・ファルコーネ氏が答える。

「私たちはみな知識経済の中で生きており、この傾向は将来に向けてさらに強まっていくでしょう。商品ごとのストーリーは、数あるウイスキーの中から特定のウイスキーを買う際の主要な差別化要因なのですから」

 

紙とデジタルで語り方を変える

 

ウイスキーの物語は、印刷物に掲載されることもあればオンラインでデジタルに共有されることもある。たくさんのチャネルがあることで、同じひとつのストーリーが異なったレベルのファンに伝えられる。ビギナー向けの簡単な説明や、中級者向けの詳細な説明、そしてマニア向けの情報などはそれぞれ別途の形態で語られることになるだろう。前述のサイモン・コフリン氏が説明する。

「画像に簡単なキャプションを付けて、Instagramに投稿するのは有効なコミュニケーション手段。そこにリンクを貼ってもっと詳細な情報を提供したり、実際に販売されている商品であることを強調することもできます。このような情報を必要なみなさんに提供し、情報の透明性を保ちながら、その場に相応しい適切なボリュームで伝えていくのが私たちの役割です」

言うまでもなく、あらゆる必要情報をビュッフェ料理のように集約できる場所といえばウェブサイトだ。コンパスボックスでアシスタントウイスキーメーカーを務めるジェームズ・サクソン氏が語る。

「ウェブサイトには大量の情報が掲載できるので、自社のウイスキーについて細かく説明したファクトシートも用意できます。さらに知りたいことがある方は、メールでも質問を受け付けていますよ。この質問メールを利用するお客様はかなり多いですね」