日本各地で創設された新しいウイスキー蒸溜所が、重要なアワードでの受賞を重ねている。「東京 インターナショナル バーショー 2023」のステージで、注目すべき蒸溜所の代表者たちがデイヴ・ブルーム氏と語り合った。

文:WMJ

 

デイブ・ブルーム:世界的に見ても、ウイスキー業界は重要な局面に差し掛かっています。これまでウイスキーをつくっていなかった地域でも、意欲ある人たちがウイスキーの生産に乗り出してきました。蒸溜所の数は増え、驚くほど高品質なウイスキーがつくられています。日本は世界でもっとも急速に成長しているウイスキー生産国のひとつ。そこで今日は、日本のウイスキー界でいったい何が起こっているのかを探ってみます。まずはみなさんに質問です。そもそもなぜウイスキーをつくろうと思われたのですか?

小正芳嗣氏(嘉之助蒸溜所)

小正芳嗣(嘉之助蒸溜所):嘉之助蒸溜所は、2017年からウイスキーの蒸溜を開始しました。小正醸造はもともと焼酎の会社で、創業1883年なので今年が140周年です。日本で初めて樽熟成の焼酎をつくった会社でもあり、この熟成技術も活かして世界の共通言語の蒸溜所ウイスキーをつくろうと決意しました。蒸溜所の名前は、樽熟成の焼酎をつくった私の祖父(小正嘉之助)が由来です。

山本泰平(サクラオディスティラリー):当社は1918年創業で、実は1920年にはウイスキーの製造免許を取得していました。昭和時代は実際にウイスキーをつくっていましたが、ウイスキーの人気が低下して製造を休止。創業100周年を目前にした2017年に「次の100年でみなさまに何を提供して行くべきか」と議論し、やはり今求められているのはウイスキーとジンではないかと考えました。社内に蒸溜所「サクラオディスティラリー」を建設し、新たにウイスキーの製造を始めたという経緯です。

中村大航(静岡蒸溜所):ウイスキーをつくろうと思ったのは、私自身がウイスキーが大好きだったから。お酒と無縁の業界で働いていましたが、10年以上前から一般客の立場でWhisky Liveなどのウイスキーイベントに参加していました。デイヴ・ブルームさんのセミナーなどでも学び、いろいろ体験しているうちに自分でもウイスキーがつくりたいと考えるようになりました。2012年にウイスキー製造を目指して会社を起こし、現在はシングルモルトやブレンデッドのウイスキーをつくっています。

井原優哉(長濱蒸溜所):私たちは1996年から「長濱浪漫ビール」というビールを醸造してきました。創業20周年となる2016年に、今後も大きく酒類業界を盛り上げていきたいという思いから、新たな事業としてウイスキー蒸溜所を始動させました。所在地は、岐阜県長浜市。琵琶湖のそばにある日本最小規模クラスの蒸溜所で、クラフト感満載のウイスキーをつくっています。みなさんもぜひ遊びに来てください。
 

クラフト蒸溜所らしい個性の表現

 

山本泰平氏(サクラオディスティラリー)

デイブ・ブルーム:やはり蒸溜所によって立ち上げのいきさつもさまざまですね。起源や動機がそれぞれ異なっているのは、とても興味深いことです。これから日本の蒸溜所の数も100軒を超えていこうという時代に、どんなイノベーションや実験的な試みで個性を出していますか?

小正芳嗣(嘉之助蒸溜所):嘉之助蒸溜所は、焼酎という日本の蒸溜酒をつくる会社がベースになっています。私自身も技術屋として、自分たちのウイスキーをどのようにしたいかと考えてきました。蒸溜所は海沿いにあり、3基のポットスチルでさまざまな原酒をつくり分けられます。また焼酎の熟成に使用した樽にリチャーを施してニューメイクスピリッツを熟成するなど、焼酎づくりの経験を活かしたアプローチも試みながら、嘉之助だからこそできるウイスキーづくりに取り組んでいます。

山本泰平(サクラオディスティラリー):一般的なポットスチルではなく、ハイブリッド型のスチルを採用しました。よりエステリーで果実味の強いウイスキーをつくりたいという意図から生まれた選択です。当社はさまざまな酒類の製造免許も持っており、私も長らく開発の仕事をしてきたことから多様なお酒の製造経験があります。どうやったらエステリーなウイスキーが出来るかというテーマにも、ある程度の知見は持っていました。そのような経験とノウハウを活かしながら、理想とするウイスキーづくりに取り組んでいます。

中村大航氏(静岡蒸溜所)

中村大航(静岡蒸溜所):生まれ育った静岡の地域性をウイスキーづくりに込めていこうと考えています。地元産や国産の大麦を使用する実験もその一環。静岡の杉材を使った木製発酵槽も造りました。ポットスチルは3基で、そのうち初溜器が2基。ひとつは旧軽井沢蒸溜所から引き受けた蒸溜器をオーバーホールして使っています。もうひとつは、薪を燃やして加熱する約200年前のスタイルをイメージした特注の蒸溜器。静岡の間伐材を熱源にして蒸溜しています。このような実験や面白い試みをテーマにしたウイスキーをリリースしています。

井原優哉(長濱蒸溜所):長濱蒸溜所の特徴は、大きく2つあります。ひとつは豊富な樽の種類。とにかく「樽で遊ぼう」という姿勢で、いろんな樽を熟成に使用します。赤ワイン樽ひとつをとっても、ブルゴーニュ、ボルドー、ジャパニーズなどのワイン樽をまずは使ってみて、3年経った時点で美味しく仕上がっていたら世に出します。そのため長濱蒸溜所はシングルカスクでのリリースが多くなっています。もうひとつの特徴は、飲み手のみなさんとの近さ。ここにいる4社でも最小規模の蒸溜所ですが、お客様の感想がすぐ自分たちの耳に届くので、つくり手のこだわりだけを押しつけすぎず、いろんな意見を参考にできるのが強みです。
 

地元コミュニティとの一体感が鍵

 
デイブ・ブルーム:なるほど。ウイスキーづくりに、単一の正解などはありませんからね。蒸溜器、加熱法、樽熟成などの方針も、それぞれに異なるのが当たり前。ウイスキー業界は多様性が大切だし、遊び心も重要です。生産地の個性を表現するため、地元とのつながりは重視していますか?

井原優哉氏(長濱蒸溜所)

小正芳嗣(嘉之助蒸溜所):原料の大麦はスコットランドなどから輸入していますが、鹿児島や九州地方の大麦も使いながら酒質を作り込んでいるところです。鹿児島の温暖な気候を活かし、短い熟成期間でもメローでリッチな熟成感を出せるのが特徴です。グレーンウイスキーの製造も3年前に始めました。地元の人たちもたくさん雇用し、ウイスキーを通して地元の活性化に貢献したいと考えています。

山本泰平(サクラオディスティラリー):海と山が近い広島県で、2種類の貯蔵庫を活かした熟成を実践しています。シングルモルト「桜尾」は、瀬戸内海のそばにある本社内の貯蔵庫で熟成されます。年間の気温差が大いので熟成が速く進み、ほのかに潮の香りがするウイスキーに仕上がります。シングルモルト「戸河内」は、中国山地にある廃線のトンネルを貯蔵庫にしています。夏は涼しく、冬は暖かい環境なので、熟成がゆっくり進みます。今年は地元産の大麦モルトを使ったモルトウイスキーも生産する予定です。

中村大航(静岡蒸溜所):大麦栽培の経験もない地元の農家さんが、「大麦を作りますよ」とチャレンジを志願してくださいました。木製の発酵槽にしても、地元の林業の方々が山選びから協力してくださり、良い木材が手に入りました。富士山麓のミズナラを使った樽造りにも挑戦しています。国産の大麦でウイスキーをつくると、スコットランド産よりもデリケートで繊細な味わいになります。あたたかくて素直な静岡の県民性を思わせるイメージです。若いウイスキーなので、スピリッツのキャラクターがわかるようなブレンドを心がけています。

デイブ・ブルーム氏(ウイスキー評論家)

井原優哉(長濱蒸溜所):私たちがウイスキーをつくることで、長浜市を観光地として盛り上げていくのが目標です。地域とのつながりで面白いのが熟成の場所。もう使われなくなったトンネルや、廃校になった小学校の校舎、さらには琵琶湖内のパワースポットとしても知られる竹生島でも熟成しています。トンネルはゆっくり熟成が進んでフルーティに仕上がり、寒暖の差が大きい小学校は熟成のスピードが促進されます。トンネルでじっくり基盤のフルーティな香味を獲得してから、小学校のシェリー樽やワイン樽に移すことで、多様な熟成環境を香味のコントロールに使っています。

デイブ・ブルーム:世界のどこであっても、21世紀のウイスキーで重要なのは「場所」の物語。熟成環境、大麦、水などの原料から、ウイスキーの出自や来歴を理解してもらうのが大切です。みなさんは町外れの工場で勝手にウイスキーをつくるのではなく、地元コミュニティの真ん中でウイスキーを通じた人間関係を育てていらっしゃいますね。地元コミュニティに貢献するさまざまなアプローチに感銘を受けました。今後どんなウイスキーが生まれてくるのか、もう待ちきれない思いです。