日本に学んだ世界のウイスキー(第2回) 梅酒樽フィニッシュのシングルモルト「ボーラー」
日本のウイスキーづくりに触発された、海外のユニークなウイスキーを紹介するシリーズ第2弾。今回は米国で発売されたばかりのシングルモルトウイスキー「ボーラー」(セントジョージスピリッツ)に注目。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
セントジョージスピリッツは、サンフランシスコ近郊のアラメダで1982年に設立されたスピリッツメーカーである。創設者のヨルク・ルフ氏は、ドイツからカリフォルニアに移住してすぐにこの工場を建てたことで、一企業のみならず現代アメリカにおけるクラフトスピリッツ・ムーブメントの土台を築くことになった。ルフ氏は2010年にセントジョージスピリッツの現場から退いており、現在のマスターディスティラーは1996年からセントジョージスピリッツで働くランス・ウィンターズ氏だ。原子力技師として働いた後に、ビールづくりを学んで酒づくりの世界に入った人物である。
今回ご紹介する話題のシングルモルトウイスキー「ボーラー」をつくったのも、このランス・ウィンター氏だ。いわく「日本風のひねりをきかせた、カリフォルニア流のスコッチウイスキー」なのだという。ウイスキーはハイボールを念頭に置いてつくられたものだが(これが名前の由来)、ボビーバーンズ、ロブロイ、ブルバルディエなどのカクテルベースに使っても美味しく楽しめる。
2016年4月に「ボーラー」を発売した直後、ランス・ウィンター氏に詳しい話をうかがうことができた。そもそも「ボーラー」のアイデアは、いったいどこから生まれたのだろう。
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ステファン:
このウイスキーのアイデアは、いったいどんなきっかけで思いついたのですか?
ランス・ウィンターズ:
「ボーラー」のアイデアは、もともと食べ物から来ているんです。そのきっかけは、オークランドにある「ラーメンショップ」という名前のレストラン。この店をオープンさせた素晴らしい友人たちからヒントをもらいました。あのリッチで脂っぽいスープと麺の味には、シャープでスモーキーなウイスキーがぴったり合うのではないかと考えたのです。
ステファン:
日本のウイスキーは水やソーダで割ったロングドリンクのかたちで飲まれることが多く、その代表がハイボールです。このようなウイスキーの楽しみ方は、アメリカでも定着していますか?
ランス・ウィンターズ:
徐々に浸透していると感じです。ここではもっぱらスピリッツをベースにしたカクテルがもてはやされてきました。カクテルは美味しいのですが、そのブームもやや頭打ちです。ショートカクテルより味のバランスをとりやすいロングドリンクの良さに、アメリカでも人々が気づき始めています。
ステファン:
「ボーラー」を樽で貯蔵する前の蒸溜液についてお訊ねします。原料やプロセスはどのようなものですか?
ランス・ウィンターズ:
原料のマッシュビルは、大麦にフォーカスしています。大半がペールモルトで、ミュンヘンモルトやビスケットモルトも少々。ビスケットモルトは、ペールモルトよりほんの少しだけ高温でトーストされます。高温といっても砂糖がカラメルにならないくらいの温度で、大麦の特長を強調できるのです。熟成前のスピリッツは、くっきりした味で軽い甘みもあります。
ステファン:
熟成のプロセスはかなり複雑な印象です。異なったタイプのカスクを初期熟成に併用して、最後は梅酒を貯蔵したカスクでフィニッシュしてますね。
ランス・ウィンターズ:
もともとわたしたちは、ウイスキーに複雑なニュアンスを持たせるよう、異なったさまざまなタイプのカスクで原酒を熟成することが多いのです。フレンチオークのワイン樽で熟成した原酒もあれば、バーボン樽で熟成した原酒もあります。樽に詰めるのは同じボーラー用の蒸溜液ですが、それぞれが異なったニュアンスのある原酒になります。2年半の初期熟成を経た原酒は、すべて梅酒樽のなかで半年間の旅を経験します。
ステファン:
その梅酒について教えてください。同じ工場でつくられている、セントジョージスピリッツの梅酒なのですか?
ランス・ウィンターズ:
幸いなことに、カリフォルニアにはさまざまな世代の日系人家族が住んでいます。わたしたちは北カリフォルニアで梅を栽培している農家をいくつか探し出しました。その梅を買ってここまで運び、枝を取り除いて砂糖と一緒にタンクの中で何層にも積み重ねます。そこに自社製の焼酎を注いで(そう、焼酎もつくっているんです)、6カ月寝かせた後で濾過して樽詰めします。まだ現在は自社製として販売するほどの量をつくる予定もありませんが、この梅酒は本当に美味しいので、いつかポートフォリオに加えたいと願っています。
ステファン:
梅酒樽でウイスキーを後熟する方法を、最初に編み出したのは日本のサントリーです。シェリー樽などを経なくても、ウイスキーにはっきりとした梅の香りを授けてくれるのが特徴です。最近は小規模メーカーも梅酒樽を使い始めましたが、この手法はさほど広く知られているわけでもありません。日本のウイスキーと梅酒の関連を、どのようにして知ったのですか?
ランス・ウィンターズ:
これはもう本当に偶然のたまものです。梅酒とウイスキーの関連を、以前にどこかで聞いたわけではありません。わたしたちは焼酎をつくり始めてしばらく経つし、少量ですが梅酒の生産についても同じくらいのキャリアがあります。梅酒のバッチをテイスティングしながら、この梅樽熟成の構想について考えるようになりました。梅の果実味を加えるのではなく、梅の種からくるナッツのような特徴に注目したのです。シェリー樽熟成でもたらされるようなナッツ風味が梅酒樽から得られるなら、これは素晴らしい方向性じゃないかと考えたのです。
ステファン:
「ボーラー」には心地よいスモーキーなフィニッシュがあって、余韻が長く続きますね。このスモーク香はどこから来ているのですか?
ランス・ウィンターズ:
このスモーク香は、ニューメイクのスピリッツを濾過するときに得られるものです。濾過にはカエデ材の木炭を使用しています。濾過といえば通常はある種の風味を取り除くためにおこなわれますが、このウイスキーは逆に濾過で新しい風味をつけています。この事実は気に入っていますね。
ステファン:
「ボーラー」は、売り切ったらおしまいの単発商品ですか? それともまた発売したり、季節ごとの商品や定期的な生産品になる可能性はありますか?
ランス・ウィンターズ:
「ボーラー」はこれからも成長を見込めるウイスキーです。もっと年間の生産量を増やして、カリフォルニアだけでなく幅広い人々に飲んでもらえるようにできたらいいなと考えています。
ステファン:
ラベルのデザインが素晴らしいですね。深い意味がありそうな図案です。このラベルの由来について教えていただけますか?
ランス・ウィンターズ:
お褒めいただき、ありがとうございます! まずは私が原案を考えて、子供に笑われそうなほど稚拙なスケッチを描きました。あとは才能ある本物のアーティストたちの作品です。水彩画を描いてくれたのは、シルビア・ウォルターズさん。カタカナと漢字のレタリングは、書道家のエリ・タカセさんにお願いしました。英国騎士のセントジョージがサムライになって、喉が渇いたドラゴンからウイスキーを守護するという図案になっています。
ステファン:
今後も日本に関連したプロジェクトの計画はありますか?
ランス・ウィンターズ:
日本関連のプロジェクトをおこなうなら、今度は直接的なインスピレーションが必要ですね。これから日本旅行のスケジュールを真剣に検討します。
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「ボーラー」 は、カリフォルニア州だけで入手可能な限定品だ。現地にお住まいの友人や家族がいたり、カリフォルニアへ旅行の予定がある方は、手に入れて日本に持ち帰る価値が十分にあるだろう。