秋を彩るウイスキーカクテル【1】 「ST. SAWAI オリオンズ」
ゆっくりと秋めいてきて、夕暮れ時にはウイスキーが恋しくなる今日この頃。バーで味わうウイスキーカクテルもまた一層深みを増してくる。秋からの新連載、酔っぱライター・江口まゆみによる「秋を彩るウイスキーカクテル」。第1回は銀座の老舗「ST. SAWAI オリオンズ」へお邪魔した。
St. SAWAI オリオンズは、世界的バーテンダー澤井慶明氏が40年前に開いた老舗バー。残念ながら澤井氏は7年前に亡くなったが、長年支配人を務めてきた屋良利宗さんが、後を引き継いで店を守っている。
この店の特長は、グランドピアノのある広いラウンジ。70席ものソファーとテーブル、そしてシャンデリアが、古き良き昭和の時代にタイムスリップさせてくれる。
8時半から静かにピアノの生演奏が始まり、午前0時を回ると、生ピアノをバックにジャズや歌謡曲を歌うことができる。まさに大人の社交場だ。
バーとはいえフードが充実しているのも嬉しい。厨房にはシェフがいて、フォアグラのトーストなどのおつまみも作ってくれる。とくに開店以来の名物がローストビーフだ。和牛を使っているのでしっとりと柔らかく、40年間変わらぬコンソメを使ったあっさり味。ホースラディッシュもたっぷりで、これが酒に合わないわけがない。
お酒はスタンダードカクテルが中心だが、お客さんの顔を見ながら分量を調節するので、きっちりレシピ通りというわけではない。ここがオリオンズの真骨頂だ。澤井氏が作ったオリジナルカクテルのレシピノートも、さりげなくバーカウンターの中に置かれ、代々のバーテンダーに受け継がれているという。
今カウンターをあずかるのは、若干26歳の藤原光輝さん。半年前に入店したばかりの新人ながら、屋良さんに見込まれた腕は確かだ。
さっそくウイスキーベースのカクテルを作ってもらった。一杯目は「ラスティーネイル」。
丸氷を入れたロックグラスに、タリスカー10年とドランブイを入れステア。メジャーは使わず、豪快な作りっぷりだ。ドランブイは蜂蜜とウイスキーのリキュールだが、このウイスキーがタリスカーだと言われている。それでカクテルベースにタリスカーを使うのだ。スモーキーでウイスキー感たっぷりだが、甘いのでスイスイ飲めるカクテルである。
次に作ってもらったのは「ロブ・ロイ」。意味は「赤毛のロバート」で、スコットランドのアウトローの名前だそうだ。まずカクテルグラスを氷で冷やしておく。ミキシンググラスに、オールド・パーとマルティーニ(スイートベルモット)を入れ、ビターをちょっとたらしてからステア。カクテルグラスにあけて、最後にチェリーを飾る。
ウイスキーはスコッチウイスキーならなんでも良い。ちなみにベースがバーボンなどのアメリカンウイスキーになると、マンハッタンというカクテルになる。
いやこれは、すごくサッパリとしていておいしい!
じつは私は晩年の澤井氏と親しくしていただき、このお店に通っていた時期がある。
「うらやましいです。会ってみたかった。でも今は、古くからのお客様から澤井氏の伝説が聞けて楽しいです」と藤原さん。せっかくなので、今でもよくオーダーが入るという「ミスターK」を作ってもらった。これは澤井氏が息子さんのために作ったオリジナルカクテルだ。
ベースはヘネシー。そこへガリアーノ(バニラとアニスのリキュール)と生クリームをたっぷり加え、シェイク。最後にカカオパウダーで「K」の文字を浮かび上がらせる。甘くてこってりしていて、昔ながらの味だ。しばし澤井氏がいた当時に思いをはせる。オリオンズの素晴らしい空間ともてなしは今も変わらない。あまりの懐かしさにめまいがするようなひとときだった。