樽の潜在力を見極める

May 17, 2018

モルトウイスキーづくりにおいて、樽熟成はクリエイティブな試みに満ちた行程だ。ウイスキー用の樽は、熟成に2~3回使用することができる。だが樽の再利用に際しては、その潜在力を評価できる幅広い知識と経験が必要になる。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

モルトウイスキーを熟成する樽は、何度か再利用されるのが通例だ。これはコストを考慮した実用的な方法であると同時に、蒸溜所がクリエイティブな風味づくりをおこなう格好のチャンスでもある。

樽詰めの回数は「フィル」という言葉で示す。初回は「ファーストフィル」、2回目なら「セカンドフィル」(新樽として使用された回は除く)。それぞれのフィルは、ウイスキーの熟成に際して個別の影響を及ぼし、各蒸溜所ならではの個性を広げる表現力を提供してくれる。

理屈の上では、同じ樽材を使用した同サイズの樽なら、ほぼ同様のポテンシャルを持っていると考えられる。樽の寿命は大体20〜30年程度とされているが、このライフサイクルのなかでどのように使用されるかを前もって決められている訳ではない。10年間の熟成を3回おこなう場合もあれば、いずれかのフィルを長めに設定することもある。

樽の使用年数は、熟成の過程で随時決められていくのが常である。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマン氏が語る。

「ひとつひとつの樽は、結果的にさまざまなフレーバー表現に使用される可能性を秘めています。樽の原酒を評価する現行のプログラムからは、樽の影響に関する重要な情報が得られます。熟成中のウイスキーはまず貯蔵後3年に検査され、6〜8年で再び検査されるのが慣例。この検査結果によって、ウイスキーをその後どのように使用するかが決められるのです。ボトリングされて空になった樽は、次回のフィルに使用する際にどのようなポテンシャルを持っているのか査定されます」

検査のために採取された原酒のサンプルは、貯蔵庫からラボ(ブレンダー室)に送られるのが通例だ。ここでまず注目すべきは原酒の色である。ブルックラディの生産責任者、アラン・ローガン氏が説明する。

「ウイスキーの色を見れば、樽のパフォーマンスの度合いがわかります。例えばファーストフィルのバーボン樽で寝かせた10年もののウイスキーは、明るいゴールドからブラウン。ファーストフィルのシェリー樽で寝かせた10年もののウイスキーなら、深みのあるレッドからアンバーになるはず。このような色に到達していない場合は、樽が何らかの問題を抱えている証拠です」

次のステップは、香りを確かめるノージングだ。サンプリングにおいて、口に含んで味を見るテイスティングよりも重要視される需要な作業である。インバーハウス・ディスティラーズのマスターブレンダー、スチュアート・ハーヴェイ氏は語る。

「ノージングするときは、熟成年数と樽のタイプから考えられる理想的な香りのプロフィールを探しています。つまりノージングする人は、アメリカンオークとスパニッシュオークの種別を念頭に置きながら、ファーストフィル、セカンドフィル、サードフィルの樽から導き出されるべきハウススタイル(蒸溜所ならではの個性)を熟知していなければなりません。このパラメーターを体得するには、理想の香味を理解した上でたくさんの樽をノージングする必要があります。つまり、結局は経験がすべてということ。私も最初は自分が検査した樽の数をおぼえていましたが、10万本を超えたところで数えるのをやめました」

このノージングによるパラメーターによって、それぞれの樽にどのような香味を見出しているのだろうか。ハーヴェイ氏が答える。

「ファーストフィルのスパニッシュオーク樽で10年熟成した原酒には、一定水準のスパイス、レーズン、チョコレート、英国風クリスマスケーキなどのアロマやフレーバーを期待します。またファーストフィルのアメリカンオーク樽で10年熟成した原酒に期待するのは、バニラ、オーク、トフィーなどの香りです」

 

樽の寿命と熟成の成功率

 

樽熟成の状態を検査するとき、もっとも注意すべきことが樽のパフォーマンスのレベルであることは間違いない。グレンモーレンジィでウイスキー熟成の管理部門を率いるブレンダン・マキャロン氏が、その実際について教えてくれた。

「すべての樽のうち、だいたい90%は期待通りのレベルでオークの影響を示してくれます。残りの10%のうち、5%は通常よりも濃厚で、5%は通常よりも淡白な傾向が見られます。ただしこれはあくまで程度の問題なので、樽の影響については微細にわたって注意深く検査することになります」

例外もあるが、ファーストフィルのバーボン樽とシェリー樽がセカンドフィルに使用される割合はほぼ100%であるという。ブレンダン・マキャロン氏が、樽の使い回しについて説明する。

「セカンドフィルの樽を再びサードフィルに使い回して成功する率は、ファーストフィルの樽をセカンドフィルに使用する場合とさほど変わらりません。どちらも高確率で期待通りの熟成ができます。サードフィルはオークの影響が弱まっている点にこそ価値があり、ニューメイクスピリッツの個性をより顕著に表現できます。例えばアードベッグなら、サードフィルの樽からは他のフィルよりも多くスモーク香が感じられるということになる訳です」

その一方で、検査のプロセスには、樽から抽出されたアロマの度合いをチェックするという意味もあるのだとアラン・ローガン氏は語る。

「樽にやや疲れが見え始めると、アロマはよりスピリッツの特徴が顕著になります。その反面、フレッシュなオーク香や硫黄などの雑味は少なくなります。気になる兆候が見られた樽は、中身を出して一度お湯で洗浄すると、たいていの問題が消えてなくなります。これでもまだ問題がある樽は、樽工房に売却されます」

それでは、樽の寿命やパフォーマンスの度合いに差が現れるのは何故だろう。答えのひとつは、熟成に使用する貯蔵庫にあるのだとアラン・ローガン氏が明かす。

「貯蔵庫が変われば、熟成のスピードも変化します。同じ貯蔵庫のなかでも、置いてある場所によって違いが生まれます。ブルックラディでいちばん天井の高い貯蔵庫は、ラックの最上段が地上14メートルという高さ。逆にいちばん低い樽は床に置いています。昨年5月のある日、貯蔵庫の床と天井の気温を測ったら19℃もの差がありました。気温が高いほど、熟成中のスピリッツはオーク由来のフレーバーを濃厚に抽き出しますが、樽の寿命は短くなってしまいます」

 

樽のパフォーマンスを追跡する

 

樽の出自を知ることはもちろん、経過の記録も同様に大切だ。ウイスキーの熟成行程では、個々の樽の経過が丁寧に記録されている。ザ・マッカランでマスター・オブ・ウッドの称号を持つスチュアート・マクファーソン氏によると、その管理にはデジタルデータも活用されているようだ。

「それぞれの樽のヘッドには、小さなプラスチック製のラベルを固定してあります。そこに印刷されたバーコードを手持ちのリーダーでスキャンして、データベースに登録します。検査の日が来ると、このバーコードを読み込めばラップトップやスクリーン上で樽の出自がチェックできます。このデータベースには、オークの種類、樽を製作したボデガの名前、樽詰めされた日付などが登録されています」

このようなハイテク化は、ごく最近の動きであるという。伝統的には、ステンシル(型抜き)ペイントで各樽のヘッドにコードナンバーを記すというおなじみの管理法が主流だった。このコードナンバーに主要な樽の情報が紐付けられており、革表紙の台帳に手書きされた情報と呼応している。

テクノロジーが進んでも、依然として多くの蒸溜所が新旧両方の管理法を併用している。ステンシルペイントには、遠くからでもすぐに樽の情報がわかるという利点があるためだ。その一方で、バーコード方式には、手書きよりも詳細な情報を管理できる。どちらも重要な樽の管理に欠かせないシステムなのである。

 

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