楽園のようなハワイの島々で、ユニークなスピリッツづくりを始めたクラフト蒸溜所が注目されている。オアフ島の小規模メーカー3軒を訪問する新シリーズ。まずはラム蒸溜所の「コハナ」から始めよう。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

ハワイアンラムをつくる蒸溜所「コハナ」は、ホノルルから車で35分という便利な場所にある。健康のために歩きたいという方も、ショッピングのメッカ「ワイケレ・プレミアム・アウトレッツ」から徒歩10分で行けるのが嬉しい。

コハナに到着すると、搾りたてのサトウキビジュースであたたかい出迎えを受けた。話を聞かせてくれるのは、創業者のロバート・ドーソン。2008年にアメリカ本土から移住してきた人物である。

「アリゾナでテクノロジー関連のコンサルティング業務に携わっていました。ハワイで息子を育てたいと思って、ここに越してきたんです。妻も僕のミッドライフ・クライシスによく耐えてくれました。当時は人生を変えようと農業関連の道を探っていたのですが、サトウキビで再生可能エネルギーを作ろうと画策したこともありました」

蒸溜所に到着すると、搾りたてのサトウキビジュースで出迎えを受けた。爽やかな甘味は、豊潤な大地の恵みだ。

だがロバートは、ビジネスパートナーであるジェイソン・ブランドと出会って当初の方針を見直した。ジェイソンもまた、ロバートと同じような理由でハワイにやってきた移住組である。

「ハワイ伝統のサトウキビ品種であるマヌレレを紹介されて、すぐに気付いたんです。このサトウキビ品種は、大切に育てて後世に伝えていくべきものなのだと。燃やしてガソリン代わりにするなんてとんでもない」

ハワイ諸島に初めてポリネシア人たちがやってきたのは約千年前。星の位置だけを頼りに、カヌーで大海原を渡った。船に積んできた植物には、サトウキビも何種類か含まれていた。当時の品種は、日常生活の必需品だったのだとロバートは説明する。

「マヌレレ品種は、さまざまな儀式にも使用されていました。古代の愛の秘儀にも使われていたそうですよ。この絞り汁を飲めば、2人の関係が永遠に続くという。まあ、反対の効果をもたらす別の秘儀もあったようですけど(笑)」

ハワイ伝来のサトウキビに受け継がれる豊かな歴史に魅了され、ロバートは上質なハワイアンラムをつくろうと決心した。

「社名はマヌレレ・ディスティラーズ。でも発音が難しいので『コハナ』と名乗ることにしました。『サトウキビの仕事』という意味です」

 

世界では少数派のアグリコールラムにした理由

 

ロバートがアグリコールラムを志向していた点は重要だ。世界のラムは大半が糖蜜からつくられる。歴史をたどると、ハワイに砂糖精製工場がたくさんあった時代には、砂糖精製の副産物として得られる糖蜜を原料としたラム蒸溜所も存在した。だがロバートがつくるアグリコールラムは、サトウキビの絞り汁そのものを原料とする。

「ハワイでアグリコールラムがつくられた前例はありませんでした。何しろ糖蜜からつくるラムに比べて、20倍のコストがかかりますからね」

蒸溜所建設に着手したとき、ハワイにはもう砂糖精製工場が2軒しか残っていなかった。かつて栄華を誇った産業の名残りだから、この2軒は必ず存続するだろうと地元の人々は信じていた。だがロバートは、いずれすべての工場がなくなるだろうと予想し、事実その通りになった。現在、ハワイ諸島に砂糖精製工場はひとつも残されていない。

「皮肉なことに、普通のラムをつくりたかったら、原料の糖蜜を輸入しなければいけないということですよ」

ハワイ伝来のサトウキビは扱いにくい。根本で折れたり、穂を出す株が収率を落とす。だがテロワールにこだわる以上、品種の選択に妥協はしない。

こうなるとロバートに迷いはなかった。地元のサトウキビにもさまざまな伝来種があることに興味を抱き、100%の「ファーム・トゥ・ボトル」を目指したのだ。

「地産地消の原則は厳格に守っています。地元産100%の原料でつくり、カカオ豆やハチミツなどリキュールに使用する副次的な原料もすべてハワイ産です」

ロバートの開業準備は2009年に始まった。ハワイ中の植物園を訪ねて、ほとんど忘れ去られているハワイ原産のサトウキビ品種を探し求めた。

「書物に載っている昔の品種は、商業化できるほどの量が残っていません。だからそんな品種をひとつずつ探し出し、自分の農場で増殖する必要がありました」

自前の栽培地が、農場と呼べるような規模になるまで丸3年かかった。初めてラムをつくったのは、2012年のことだという。

「現在は34種類の地元産サトウキビ品種を保有しています。それぞれ風味の特徴が異なり、糖度も14.5〜20とまちまちです。商業用のサトウキビは硬くまっすぐに育ち、果汁が少ない割に糖度が高いのですが、ここで使っている伝来種はその反対。自然の影響を受けやすいので、根本で折れたり、穂を出したりして収率を下げることもしばしばです」

商業用のサトウキビは年中栽培して収穫できるが、伝来種の場合はそうもいかないようだ。

「うちの畑の30%は穂を出してしまうので、収穫のタイミングをしっかり見計らう必要があるんです」

収穫期になると畑の中で搾汁がおこなわれ、サトウキビジュースを蒸溜所まで運び込む。このジュースは、もちろん品種ごとに分けて管理される。

「できるかぎり新鮮な状態で使用して、品種ごとに別々のバッチで扱います。発酵も、蒸溜のカットポイントも、それぞれに異なってきますから」

生産行程は五感を総動員する作業だ。自動制御装置がひとつもないので、単に手を動かすだけでなく、すべての行程で人間の感覚を頼りにしているのである。

搾りたてのサトウキビジュースは、4槽あるステンレス製の発酵槽のひとつに入れられて3〜5日間発酵される。使用する酵母は、地元のカカオ農園で見つかった酵母を培養したもの、一般的なラム用の酵母、 さらには少々の自然酵母を混合で使用しているという。

「いろいろと変更は加えています。これから冷蔵設備を導入して発酵温度を調整し、発酵時間を7〜10日に引き延ばそうと考えているところ。自然酵母100%の発酵もやってみたいですね」

蒸溜設備は、コラム付きのポットスチル1基だ。アーティザン・スティル・デザイン社が製造・設計したものである。

「単式蒸溜ですが、コラムを通すことで蒸気を精溜する仕組みになっています」

ハワイに惚れ込み、この地で子育てをしようと移住してきたロバート・ドーソン。「ラム・マシーン」と愛称されるスチルの横で。

スチルに付いた名札には「ダ・ラム・マシーン」と書かれている。どんな意味なのか尋ねると、ロバートが笑いながら答えた。

「6歳になる息子が蒸溜所の絵を描いたので、『これはなに?』とスチルを指さしたら『ラム・マシーンだよ』と教えてくれたんです。それを正式名称に採用しました」

ホワイトラムができると、一般的なアグリコールラムの行程に従って90日間休ませる。その後、一部のホワイトラムはバレルに樽入れして熟成する。各樽には単一のサトウキビ品種しか入れない。ほとんどの樽はアメリカンオークの新樽で、ケンタッキー州にあるインディペンデント・スターブ社がレベル2のチャーを施している。

「通常はアメリカンオークの新樽で18カ月熟成します。美味しさ至上主義なので、樽内で眠っているラムの状態によって熟成期間も変えていきます。バラエティを重視するため、一貫性よりも味わいを優先します」

そうはいっても、熟成行程自体には実際かなり一の貫性があるようだ。

「夏と冬の気温差は約5℃。だから温度差のある他の地域と違って、大きな調整は必要ありません。湿度もかなり低いので、いわゆる天使の分け前は年間約8%です」

ロバートは、ときどき2種類目の樽で後熟をおこなうこともあるという。

「マデイラ樽、ポート樽、バーボン樽、ラフロイグ樽などを用意してフィニッシュに使っています。シェリー樽は人気が高くて入手しにくいので」

現在、蒸溜所内の小さな貯蔵庫には約100本のバレルが置かれている。だがロバートは、バレル800本が熟成できる貯蔵庫を新設する予定だ。ここにある最古の樽は、4年強にわたってラムを熟成中のフレンチオーク樽。ロバートが栓を抜いてアロマを嗅がせてくれた。

「特別な1本です。このラムに関しては、種まき、栽培、収穫、蒸溜、樽詰めを、全部この手でやりましたから」

このラムは、ひょっとしたら10年熟成を目指しているのかもしれない。

 

手づくり感たっぷりのラインナップ

 

現在、コハナは固定メンバーによるチームで運営されている。

「農場チーム、蒸溜所チーム、ツアーチーム、ボトリングチーム。最近、パティオにピザオーブンを導入して、訪問者がピザをつまめるようにしました。オーブンだけはハワイ製じゃなくてイタリア製。でも地元の広葉樹を薪にしています。4カ月後にはカクテルバーも完成して、クラフトカクテル、地元産のビール、地元産のスピリッツが味わえるようになります」

コハナは、近隣地域の経済も活性化している。テイスティングルームやビジターセンターは、かつて雑貨屋だった建物を改装したもの。近所にはデルモンテ社の農場があり、ジュース製造と缶詰め行程もおこなわれていた。ここは工場で働く労働者たちが暮らす農村だったなのだ。

「デルモンテが2006年に撤退してから、この地域の景気が悪化しました。だからこの地域を活性化したいという思いもあったんです」

コハナの主力商品はホワイトラムの「ケア」(度数40%)だが、すべてのボトルが同じ中身であるとは限らない。ラベルの横部分に収穫時期と使用品種が記されているので、異なったバリエーションを試してみる価値はあるだろう。他には樽熟成を施した「コホ」(度数45%)もある。コホとはハワイ語で「厳選」の意。こちらもバッチごとに内容が変わっている。

貯蔵庫にはアメリカンオークの新樽が並んでいる。ホワイトラム、熟成ラム、リキュール、ハチミツなど、小規模ながら多彩なラインナップで生産中。

「今ここにあるのは、アメリカンオークの新樽で15カ月熟成してからウッドフォードリザーブライの樽で2カ月後熟したものです」とロバートが説明する。ときどきシングルカスクの「コア」も発売される。コアとはハワイ語で「骨太」。他の商品には、度数30%のリキュール「ココレカ」もある。

「ハワイは全米で唯一カカオが栽培されている州。だからカカオ農家と共同でこのリキュールをつくっています。カカオニブをホワイトラムに漬けて2〜3週間待ちます。カカオ100%なので当然苦味があり、地元産のハチミツで甘みを加えています。食後酒ですが、蒸溜所を訪ねてくる日本人観光客にとても人気があるんですよ」

他の商品としては、樽熟成を施したハチミツ「メリ」もある。これはどうやら偶然から生まれた商品のようだ。

「カカオが不足したとき、カカオニブが届くまでしばらく待ち時間が発生しました。ハチミツと空のラム樽はそこにあったので、『リキュールをつくり始めるまでに3カ月あるな』と考えて、樽の中にハチミツを入れてみたんです。するとハチミツが樽内に残存していた液体を吸い込んで、ハチミツの味が変化しました。これを瓶詰めして売り出したら、すぐにヒット商品になったんです。今ではハチミツメーカーに樽を送って、後のことは任せています。彼らにとっても追加収入になるので良い関係ですね」

蒸溜所ではハワイの著名シェフ、ジャッキー・ラウが作ったラムケーキも購入できる。

ハワイ諸島には、現在9軒の蒸溜所がある。だがその中で完全な「ファーム・トゥ・ボトル」を実践しているのはわずか3軒のみだ。コハナの他にはオアフ島北岸のハレイワにある「ハワイアン焼酎カンパニー」、さらにはハワイ島のコハラにアグリコールラムを生産する非常に小規模な「クレアナ」がある(今年末に最初の製品を発売予定)。完全なファーム・トゥ・ボトルには困難も伴うが、これらのメーカーにとっては他の方法など考えられない。蒸溜されたスピリッツが、土地のテロワールと文化的なDNAを表現していなければならないと信じる人々なのである。

現在、コハナ商品の入手が可能場所は限られている。ハワイ州内の店舗、カリフォルニア州の一部の酒屋、それにシンガポールでわずかな量が売られているだけだ。だがロバートによると近々東京にも出荷予定があるというので、アグリコールラムのファンは動向を注視しておこう。そして休暇でオアフ島を訪ねるチャンスがあったら、コハナにぜひ足を伸ばしてほしい。素晴らしいラムの味わいに感動すること請け合いだ。