ハワイのクラフト蒸溜所を巡る旅も、いよいよ最終回。シリーズを締めくくるのは、ホノルルにある正真正銘のマイクロディスティラリー「アラワイ・ウイスキー」だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

ホノルルをよく知っている人なら、ウイスキーに「アラワイ」という名前を選んだことを不思議に感じるかもしれない。アラワイはワイキキの北にある運河の名前でもある。澱んだ運河の水は、遊び場としても飲み水としてもおすすめできない。

それでも「アラワイ」にはハワイ語で「水路」という意味があるのだという。創設者のジェイクことジェイコブ・リーは、そんなイメージに惹かれてこの名前を採用した。

初めてジェイクに会ったのは、ホノルルで開催されていたウイスキーのテイスティング会だった。その日、ジェイクはテイスティング会で最新の商品をお披露目していたのである。

ジェイクの本業はレストランやバーのコンサルタントで、ケンタッキー旅行から帰ってきたばかりだった。ケンタッキーでは、レストランチェーンを経営する青木グループのためにウイスキーの樽を選んでいたのだという。青木グループは全米で12軒のレストランを経営しており、現在のオーナーは「BENIHANA」で有名なロッキー青木氏の息子にあたるケビン青木氏だ。

ジェイクはケンタッキーの旅でフォアローゼズに感動したらしく、現地での体験を事細かに説明してくれた。さまざまな酵母株を使用して、ウイスキーの風味を変化させるアプローチが面白いのだと熱っぽく語る。このあたりの関心は私も同じだ。

ジェイクはアラワイを創業した経緯についても説明してくれた。

「ウイスキーづくりを始めたのは2017年。友達に飲ませたら面白いだろうと思って始めました。最初はウイスキーの風味の90%ぐらいは木の香りだと思っていたのですが、間違いでしたね。実験を重ねるうちに、まったく同じ穀物原料を使っていても、酵母株を変えるだけで最終的な品質に大きな違いが出ることがわかったんです」

 

少量生産だからできる無限の実験

 

科学オタクを自認するジェイクにとって、ウイスキーづくりの本質は実験に次ぐ実験である。これが大手ウイスキーメーカーなら、品質の一貫性を保つために「故障じゃないかぎり改善しない」「余計な工夫はしない」といった姿勢になりがちだ。ジェイクの職業倫理はその正反対である。ウイスキーづくりのあらゆる細部に工夫を盛り込み、バッチごとに異なった原酒をつくるのだ。

生産規模はあえて極小に留め、リスクを冒しやすくする。これが小規模生産の利点であり、実際にアラワイの生産量は少ない。2018年1月に最初のウイスキーを発売し、これまでに20バッチをリリースしているが、初期はバッチあたりボトルでわずか3〜6本という量だった。最近はようやくバッチあたり44本になっている。いずれにせよ、これほど「マイクロディスティラリー」の名に相応しい蒸溜所も他にあるまい。

「可能性は無限ですよ。使用する穀物原料を変えてもいいし、マッシュビルを調整してもいいし、新しい酵母株を使ってもいい。蒸溜、濾過、熟成などの工程も変えれば、何百万通りもの組み合わせを試すことができます」

ボトル3〜6本のバッチもある極端な少量生産でスタートしたアラワイ。すべてのバッチが品質至上主義の実験精神から生まれた希少品だ。

これは単なる理論上の計算ではない。実際にアラワイがリリースした20種類のバッチを見てみると、独創的なアイデアをもとに多彩なパラメーターを試していることが明らかだ。

穀物原料についても、ジェイクはこれまで大麦モルト(ノンピートとピーテッドの両方)、未発芽の大麦、コーン、ライ麦、小麦、オート麦、キアベの粉(ハワイに群生するメスキート類の木)、キアベでスモークしたコーン、ハチミツなどがさまざまな手法で使用されている。

そして発酵行程もジェイクにとって重要な実験の場だ。

「大規模な蒸溜所では、アルコール収率が優秀な酵母株を使って発酵させます。その一方で、ビールやワインなどに使われる酵母株は、ユニークな味わいを生み出すもののアルコール収率ではかなり劣り、ウイスキー酵母の半分しかアルコール発酵できない酵母もあります。このような酵母はコスト効果が低いため、大規模な蒸溜所には敬遠されがちなんです」

アラワイでは量より質が重要だ。だからこそジェイクはたくさんの酵母株を試し、最終的な商品で理想の風味を実現できるか探っている。これまでのバッチでエール酵母、スイートミード酵母、ワイン酵母、シェリー酵母、テネシー酵母などはテスト済み。現在仕込み中の酵母も、すぐに種類を思い出せないほど多彩である。

アラワイでつくるウイスキーはすべて3回蒸溜で、小型の樽(50~80L)に詰めてから「ハイパー熟成」を施す。ひどく手間のかかるプロセスで、氷点下(約−20°C)と熱帯環境(43°C)を1週間ごとに行き来するものだ。この作業を最低12ヶ月続けると、ハワイの自然な湿気と塩気を含んだ空気も手伝って力強い風味に仕上がってくる。アラワイに繊細なウイスキーを期待してはならない。樽を年間52回も移動させる手間はもちろん、「天使の分け前」が年間25~30%にも及ぶのでコストがかさむ熟成方法でもある。

いくつかのバッチでは、樽に「ハイパーシーズニング」も施している。これはオークの新樽に特定のワインやラムを詰め、自前の圧力室で6時間空気圧をかけることによって中身の液体を樽材に滲み込ませる手法だ。ワインやラムの熟成樽が即席で出来上がるわけだが、使用されるワインやラムは捨てるしかないので、これもまたコストがかかる行程である。そのため「ハイパーシーズニング」の樽を使用するバッチは年に数回のみだ。

ウイスキーがボトリング可能な状態にまで達したら、3回の濾過を施す。これが若いウイスキーに熟成年以上の滑らかさを加えることになる。この3回の濾過は、ハワイの溶岩石、黒砂、キアベの木炭を使用しておこなわれる。ここでも品質が優先なので、コストや労力に関する配慮はない。

ここでジェイクは、ハワイならではの重要な原材料について慌てて強調した。

「ハワイの水は、本当に特別なんです。純度の高い熱帯の雨と雪解け水が、標高4,000mもある多孔質の溶岩で濾過されるんですから。生命に欠かせない自然のミネラルと電解質を含んだ水が湧き出しています」

 

型破りな精神はそのままに増産を計画中

 

少量バッチに費やす労力は、毎回相当なものだ。ここまでの説明でお察しだと思う。アラワイのウイスキーは安価であるはずがない。

バッチ14はサンフランシスコと東京のコンペティションで最高賞を受賞。素朴なボトルデザインに受賞記念のシールが貼られていた。

「水を除けば、ほとんどすべての原料をハワイの外部から取り寄せています。有機栽培の穀物も、樽も全部がそうです。ビジネス上の判断としては馬鹿げていますが、小規模なクラフト蒸溜所を設立した理由は実験がしたかったから。ウイスキーづくりの行程でさまざまなオプションを試しながら、何百万もの異なった結果を確かようと思い立ったのがそもそもの動機なので」

コスト高にも関わらず、アラワイのウイスキーはカルト的なハワイアンウイスキーファンに注目されている。新作のボトルは発売前に売り切れ、いくつかのウイスキーはラスベガスのインターナショナル・ウイスキー・コンペティションで最高賞を受賞した。最近では「キアベ」と名付けられた14番目のバッチがサンフランシスコのワールド・スピリッツ・コンペティションで2つの金賞を獲得。同じバッチが第1回東京ウイスキー&スピリッツコンペティションで「ベスト・アメリカン・ウイスキー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた。

アラワイの品質の良さはお墨付きだ。だが多くの人を楽しませる量は生産できない。そこでジェイクは、規模を拡張した新しい蒸溜所の建設を計画している。完成すれば生産量は一気に増えるが、ウイスキーづくりの方針は変わりようがない。なぜならウイスキー業界には、ジェイコブ・リーのように前衛的な異端児がずっと必要だからだ。

日本でアラワイのウイスキーを味わってみたい方は、東京の池袋でオープンしたばかりの「アロハ・ウイスキー・バー」を訪ねてみよう。