世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON」の新型が完成

January 18, 2021

富山県高岡市の老子製作所が、国産ポットスチル「ZEMON」の新しい試作品を完成させた。世界で初めて鋳造による蒸留器を製造し、ウイスキー業界を驚かせてから2年。新型蒸留器の性能をあらためて検証する。

文:WMJ
写真:チュ・チュンヨン

 

おごそかな除夜の鐘とともに、2021年が幕を開けた。日本各地で重厚な音を響かせる梵鐘の多くは、富山県高岡市の老子(おいご)製作所で造られている。長崎の平和の鐘や、薬師寺など国宝級の文化財も手掛けてきた国内シェア約7割のトップメーカーだ。

原型師と呼ばれる専門の職人が精巧な規型を造る。規型を保存している限り、同型のパーツをいくつでも複製できるのが鋳造の強みだ。

そもそも日本の銅器は、9割以上が高岡で造られている。江戸時代に、加賀藩の前田利長が河内から7人の鋳物師(いもじ)を招聘したのが伝統の始まり。その1人である喜多彦左衛門の一番弟子として、代々鋳物業を営んできたのが老子家である。特に7代目老子次右衛門は、戦時の供出で梵鐘を失った全国の寺院にたくさんの鐘を納入した中興の祖。その曾孫にあたる老子祥平氏が、2020年より老子製作所の代表取締役社長に就任している。

当時は製造部長だった老子氏が、初めてのポットスチル「ZEMON(ゼモン)」2基を完成させたのは2018年12月のこと。鋳造による蒸留器は世界に例がなく、業界関係者を驚かせた。この初代ZEMONは、隣町にある若鶴酒造の三郎丸蒸留所で香り高いスピリッツを生み出している。

あれから2年が経った2020年の暮れに、大きなニュースが舞い込んできた。老子製作所が、新型ポットスチルの試作品を完成させたのだという。

高岡市の職人街ともいうべき工業団地にたどり着くと、老子製作所では鋳造したばかりのスチルが誇らしげに輝いていた。世界初という新奇性だけでなく、ZEMONは実際に従来型のポットスチルより多くの面で優れている。これまでに実証された性能をあらためて検証してみよう。

低コスト、短納期、高寿命、高品質でカスタマイズも容易

ZEMONの優位点は、鋳金という工法から得られる耐久性だ。厚さはいちばん薄いところで10mm。薄い銅板を溶接する鍛金とは異なり、摩耗によるメンテナンスがほとんど必要ない。耐用年数は非常に長く、たとえ不具合が生じてもパーツ単位で同型の部品に取り替えられる。

また純銅の板金を溶接加工する従来型のポットスチルは、製作期間が長い(国内従来メーカーで約8カ月)。だが鋳造なら、鋳型さえ造ってしまえば4カ月ほどで納品できると老子氏は言う。実際に三郎丸蒸留所の2基は同じ規型を利用し、約4ヵ月で初留器と再留器の両方を完成させている。

新型ZEMONの試作品を公開した老子製作所の老子祥平氏(左)と、三郎丸蒸留所(若鶴酒造)の稲垣貴彦氏(右)。富山の伝統産業が異色のタッグを組み、世界でも例のないイノベーションを成し遂げた。

新型ZEMONを構成する基本パーツは6種類(初代ZEMONは5種類)。初代ではポット上部、ポット下部の2種としていた部分を底部、胴部、上部の3種の構成とすることで、輸送や搬入がより容易となった。しかしそれ以上に、さまざまなカスタマイズができる拡張性も明らかなメリットだ。ポットの胴体部分を増やせば、2200L、3800L、4500Lと容量がアップできる。また、つくりたい酒質にあわせて、一部パーツの換装でネックの太さや長さ、ライアームの傾きなども自在に変えられる。

そもそも鋳造は、銅板を加工する鍛金よりも圧倒的に形状の自由度が高い。老子製作所には、仏像などの精緻な美術品が所狭しと並んでいる。個性を主張したいメーカーなら、見たこともないアート作品のようなスチルを発注するかもしれない。

またZEMONは、鉛フリー合金を高岡の特別な精錬技術によって製造し、世界で最も厳しい欧州のRoHS2指令にも適合させている。素材は銅90%と錫8%が含まれる青銅であり、ここも純銅の従来型スチルと異なる点だ。

三郎丸蒸留所で稼働させ、明らかになった意外なメリットが熱効率である。ZEMONは金属量が従来型スチルの2倍ほどある上に、熱伝導性が低い(純銅スチルの約8分の1)。そのため蓄熱性に優れ、三郎丸蒸留所では同じエネルギー量で生産できるスピリッツの量が188%にまでアップした。エネルギーロスが少なく、環境負荷が小さいエコな蒸留器でもあるのだ。

肝心の味わいは

錫は銅の3倍の価格で取引される高級な金属であり、酒の味をまろやかにしてくれることが焼酎業界などで知られてきた。富山県立大学の研究によると、青銅の鋳造性スチルは硫黄臭を従来型スチルと同水準にまで抑え、フェインティ(汗や革)、ミーティ(肉)といた雑味の除去においては従来型スチルを上回っている。

三郎丸蒸留所(若鶴酒造)で稼働中のZEMON(初留器)。同型の再留器と共に高品質のスピリッツを生産し、その味わいは権威ある国内アワードの最高賞に輝いている。

そして鋳物ならではの特徴が、いわゆる「鋳肌」だ。砂型で鋳造すると、表面に細かな凹凸が生じる。鍛金よりも表面積が増えるので、さらに硫黄成分を取り除いてくれるのだ。その結果として、フルーティで華やかな酒質がさらに磨かれる。この効果を知る三郎丸蒸留所の稲垣貴彦氏が語る。

「銅と錫のダブル効果。鋳肌による表面積。鋳造ならではの特長で、ZEMONはスピリッツにフルーティな味わいを引き出してくれました。以前より洗練された香りと味わいを、ぜひ実際に確かめてください」

旧型のスチルでつくったウイスキーと、ZEMONでつくったスピリッツを飲み比べてみた。違いは歴然である。ZEMONのスピリッツは、圧倒的にフルーティでふくよかなのだ。日本のアードベッグを目指すという三郎丸蒸留所の目標は、実現に大きく近づいている。

このスピリッツの品質は、「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2020」でも高く評価されている。「三郎丸蒸留所 ニューボーン2019 アメリカンホワイトオーク新樽」は「ジャパニーズニューメイク(熟成期間が2年未満の日本のウイスキー)」カテゴリーで最高得点を獲得。ZEMONの性能が、見事に証明される形となった。

三郎丸はヘビリーピートのスモーキーなウイスキーだが、これからZEMONのスチルでノンピートのモルトウイスキーをつくるメーカーが現れるかもしれない。華やかに磨かれた香味から、スペイサイド産の著名なシングルモルトに匹敵する品質も期待できるだろう。

高岡だからこそ生まれたユニークな技術

これだけ鋳造製ポットスチルの利点が並ぶと、「なぜ既存のスチルは鍛金だけなのか」という自然な疑問が浮かんでくる。稲垣氏いわく、これは蒸留器がヤカンを起源としているからという説が考えられるという。もともと蒸留器は、農家で収穫された余剰生産物を蒸留していた小型の機器。特に18世紀以降、蒸留酒の密造が横行していたスコットランドでは、税吏の目を欺くために素早く撤収できる軽量性が重宝された。そんな歴史から鍛金製のスチルが隆盛し、近代以降の大型化にも対応してきたのである。

大型の梵鐘や彫像を数多く手掛け、精緻な美術品も得意とする老子製作所。熟練職人が集まる高岡だからこそ、ポットスチルの鋳造が可能だった。

そして大型の蒸留器を鋳造するには、極めて高い技術力も必要だ。鋳造はたくさんの職人技を結集した総合的な製造技術である。地金屋、原型師、鋳物師、加工屋、仕上げ屋、鉄工所、着色師、彫金師といった熟練職人が、十分に揃っている地域は高岡をおいて他にない。その近くに、たまたま独自のウイスキーづくりを志す企業家がいたという幸運がZEMONを生み出したのだ。

伝統産業の世界で育った老子祥平氏が、前例のない分野にチャレンジした動機は何だったのだろう。

「依頼をいただいたとき、単純に面白そうだと思いました。ポットスチルの形状は梵鐘にも似ているので、きっと造れるだろうと考えたのです。でも予期せぬ困難はありました。外観を重視する梵鐘とは違って、スチルは内部の仕上がりも重要。また食品をつくる装置なので、鉛を使わない成形技術も開発しました。実際のところ、かなり失敗も経験しましたよ」

ZEMONの名称は、老子製作所の屋号である老子次右衛門(おいごじえもん)から名付けられた。高岡地方の方言では、次右衛門が「ぜえもん」になるのだという。順当に行けば、いずれ老子祥平氏は第15代次右衛門を襲名することになる。

江戸時代から続く伝統技術が生んだ国産の新型ポットスチル。ウイスキーはもちろん、ブランデー、ラム、焼酎など、あらゆる蒸留酒の可能性を広げてくれる存在だ。

 

世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON」オンライン展示会

2021年1月26日(火)15:00スタート

オンライン展示会の詳細は「ZEMON」の公式サイトでご案内します。質疑応答の時間も設けますので、お気軽にコメントください。ライブ配信の終了後は、アーカイブとしてご覧いただけます。

世界初の国産鋳造性ポットスチル「ZEMON」の公式サイトはこちらから。

 

 

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