アードベッグの新時代【第1回/全3回】
文:ガヴィン・スミス
スコットランド西部のヘブリディーズ諸島。ウイスキーの聖地と呼ばれるアイラ島では、シングルモルトウイスキーへの需要がますます高まっている。この島のウイスキーづくりには、さまざまな変化が現れている。
新しい蒸溜所の登場も、そんな変化のひとつだ。2018年11月にはアードナホー蒸溜所が生産をスタート。ディアジオによる新しいポートエレン蒸溜所の操業計画も進んでいる。ポートエレンの近郊では、エリクサーディスティラーズも新しい蒸溜所を建設しようとしている。さらにはボウモア蒸溜所の近くに新設されるガートブレック蒸溜所も、計画の遅れを取り戻すべく建設がスタートした模様だ。
新しい勢力の参入と同時に、長い歴史を持つ老舗蒸溜所の中でも大きな動きが見られる。その中でも特筆すべきはアードベッグだ。将来にわたるウイスキー需要に応えるため、生産力を年間最大240万Lにまで倍増させるための拡張工事が2018年から進められてきた。だが新型コロナウイルスの流行によって、現在は工事が休止を余儀なくされている状態だ。
アードベッグの水源は、ロッホウーダガール(ウーダガール湖)。ポートエレン・モルティングズから調達するヘビリーピーテッド(~55ppm)の大麦モルトが、明確なスモーク香を表現する。糖化は1週間に16~17回のペース(1バッチ7.5時間)で、容量5トンのスレンレス製セミラウタータンを使用している。
発酵はオレゴンパイン材の木製ウォッシュバック8槽を使用し(平均容量36,000Lの容器に各23,000Lの麦汁を投入)、酸味を帯びたフルーツ香が得られる。ランプ型のウォッシュスチル(初溜釜)1基(容量11,500L)と、同じくランプ型のスピリッツスチル(再溜釜)1基(容量13,000L)。再溜釜のラインアームに取り付けられた精溜パイプが洗練されたオイリーな風味を加えている。生産量は純アルコール換算で年間125万Lだ。
アードベッグのユニークな味わいについて、蒸溜所長のミッキー・ヘッズは次のように語っている。
「スピリッツは軽やかで、フルーティーかつフローラルな香りがあります。そして最後に、スモーク香の大爆発を楽しめるのがアードベッグの特徴です」
工事の合間にも次々と新商品をリリース
そんなアードベッグ蒸溜所の拡張工事は、どのような規模になるのだろうか。まずは大麦モルトの貯蔵スペースが60トンから120トンに拡張される。2基目のボイラーが導入され、新しい蒸溜棟も建てられる。この蒸溜棟は素晴らしい海の眺めが自慢で、4基のポットスチルを収容する予定だ。旧蒸溜棟には、新たに4槽のウォッシュバックが設置される。また旧燃料庫にも新しいウォッシュバックが2槽用意されることが決定している。
この大規模な拡張工事だけでは飽き足らないとばかりに、アードベッグは最近も次々と新商品のリリースを連発してきた。まず昨年9月にはバーボン樽とシェリー樽で19年熟成した「アードベッグ アードベッグ トリー・バン」を発売。次いで2020年にはコミッティー向けの「アードベッグ ブラック」と最新の「アードベッグ ウィー・ビースティー」をお披露目した。それだけでなく、この忙しい最中に史上初めてアードベッグブランドのビールまで開発してしまったのだから驚きだ。
「アードベッグ ブラック」は、2000年に設立されたアードベッグ・コミッティーの20周年を祝ってボトリングされた商品だ。コミッティーは今や会員数12万人以上の組織へと成長している。このウイスキーはニュージーランド産のピノ・ノワール種のワイン樽でフィニッシュされたもの。アイラとニュージーランドは、共に人間よりも羊の数が多い島として知られている。そんな事実からヒントを得て、羊の鳴き声を模した「Blaaack」という遊び心たっぷりの名前になった。残念ながら2020年のアイラフェスティバルは中止になったが、このウイスキーはフェスティバル期間中に予定されていた「アードベッグ・デイ」にあわせて発売された。
今年発売された「アードベッグ ウィー・ビースティー」の熟成年数は、わずか5年だ。ブランド内の位置づけでいえば、「アードベッグ アードベッグ トリー・バン」の対極にある。近年のアードベッグは一部の熟成年数の原酒在庫が乏しくなったため、熟成年数を表示しないノンエイジステイトメント(NAS)の新商品が多かった。その中にあって、「ウィー・ビースティー」は定番の古参商品と同様に熟成年数を明示した商品である。
(つづく)