“Ardbeg Space Event” レポート
3月4日、お台場の日本科学未来館で行われたアードベッグのイベントをレポート。
アードベッグが宇宙へ旅立つというニュースが入ったのは2011年9月。
それから約2年間の国際宇宙ステーションでの実験期間を経て、今年秋に地球に帰還することとなった。この実験の成功と帰還を祝うイベントが世界10カ国で開催されることが決定し、その第一回が日本で行われたのである。
プレス向けの招待状は宇宙食のように真空パックで届けられた。受け取った瞬間から期待が高まり、イベントまでの日を楽しみにさせてくれる。遊び心たっぷりの仕掛けの始まりだ。
お台場の日本科学未来館でアードベッグ・スモーキープラネットと銘打たれた会場は、入口がすでにSF映画のワンシーンの様相。
そのドアが開くと、たしかに地球から遠く離れて別の惑星にいるかのようなセッティングに圧倒される。
ウェルカムドリンクはアードベッグ・テンのロック。丸氷が惑星のようで、それをアードベッグが包み込んでいる。早速アードベッグの小宇宙がグラスの中に展開しているようで気分が高まる。
会場内の各所には、宇宙や科学をテーマにしたディスプレイがほどこされており、ひとつひとつを見ているだけでも楽しい。
アードベッグのマスコットキャラクターであるジャックラッセル・テリアの「ショーティー」も、ヘルメットを着けてはるか彼方の地球を見守っている。大型スクリーンではVDJによる映像と音楽が展開されており、のちほどこの画面はシューティングゲームの大スクリーンに。まさしくSFの世界に迷い込んだような雰囲気となった。昨年のアードベッグ・デーに続き参加型のアトラクションが盛り込まれ、遊び心がいっぱいだ。
当日、通常のイベントは20時からであったが、18時半からのプレスセッションにお邪魔させていただいており、その終盤に差し掛かる頃、世界のドクター・ビル・ラムズデンがなんと宇宙服（？）を着て、MHD モエ ヘネシー ディアジオ株式会社 シングルモルトアンバサダーのロバート・ストックウェル氏と登場。
今回の実験はアメリカの宇宙調査機関NanoRacks LLCからのオファーで、ニューメイクスピリッツと樽の内側の木片をロケットに乗せて運び、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士がそれをミックスするという内容。そしてその同時刻に、博士が地球上…アイラ島のアードベッグ蒸溜所で同じスピリッツと木片を混ぜ合わせたという。この2つのスピリッツにどのような違いが出るのかという調査を行っているのである。
「もしこれで宇宙の方が良い熟成ができるという結果が出るようでしたら…私は何とかして無重力状態の貯蔵庫を造らなければならないでしょうね！」とビル博士。「今も頭上の宇宙空間で熟成しているアードベッグのために…そして実験の成功とウイスキーの帰還を願って、皆さん、乾杯してください！カンパイ！」と続けた。
ビル博士は本誌でも何度かご紹介した通り、ウイスキーのつくり手であり科学者でもある。様々な研究を重ね、考え抜かれた素晴らしいウイスキーをいくつも輩出してきた。このような実験には、世界広しといえどもビル博士を置いてほかに適任者はいないであろう。
少しお話をさせていただく時間があったので、科学的なことに疎い素人としてふと浮かんだ疑問…『空気と液体はどのような状態なのか？』という点を伺った。熟成と言えば空気との接触が不可欠だ。無重力では液体が球状になるというし…そもそも酸素はあるのだろうか？ と考えれば考えるほど分からないことだらけだ。
ビル博士は「宇宙空間と言っても人の生活する宇宙ステーションの中で行っている実験なので、空気はありますし温度などの環境も地球上と変わりはありません。今回の実験のテーマは『無重力状態』が熟成―スピリッツと木材との関係にどんな影響を及ぼすか、という点に尽きますね」と語ってくれた。
なるほど、それはそうである。自分の無知に顔が赤くなる思いだが、ビル博士は「私はウイスキーの味や香りに影響するもの全てに興味があります。ウイスキーに直接触れないような、思いがけないようなものによってもフレーバーが変化することがある…まだまだ分からないことだらけですからね。重力という見えない力の影響を調べる実験に携わることができて、本当に嬉しく思っています」と熱っぽく続けた。
宇宙空間という日常からかけ離れた世界とウイスキーを結びつける、まさに異空間のイベント。帰り道に気づいたのはウイスキーにはたくさんの見えない力が働いているということ…空気、温度、菌や酵母の活動、蒸溜の化学反応、樽の影響、時間。そしてビル博士のようなつくり手の方々の情熱と努力、技術、経験と知識だ。そう考えると、1杯のウイスキーも大切に味わって飲まなければと痛感する。
今年の秋、地上に戻ってきたアードベッグはまた一つ大きなロマンという見えない力をウイスキーに与えてくれるだろう。ビル博士の研究成果が楽しみである。
