世界でもっとも幸運な男、ジェフ・アーネットに会いにいこう。アメリカンウイスキーの代表銘柄、ジャックダニエルの第7代目マスターディスティラーを訪ねる2回シリーズ。

文:ベッキー・パスキン

 

ジェフ・アーネットと会談したのは、ナッシュビルをはじめとするテネシー州で大きな竜巻騒動があった数日後だ。竜巻では少なくとも25人が亡くなり、住居をなぎ倒し、商店や町も破壊した。2011年以来、最大の竜巻被害だったという。

幸いなことに、リンチバーグにあるジャックダニエル蒸溜所には被害はなく、蒸溜所の敷地外にある貯蔵庫も無事だった。ジェフ・アーネットが語る。

「ほとんどの地域では、アラームが鳴ってから竜巻に襲われる前に3分くらいしか猶予がありません。そんな短時間で安全な場所を探さなければならないのです。どこからともなく発生し、動きが速い竜巻でした。とてつもない量の財産を奪っていきましたが、幸いなことにジャックダニエルは無傷で済みました」

ジャックダニエルは、テネシーウイスキーで最大のブランドだ。生産部門だけで従業員600人を抱え、リンチバーグで最大の雇用者でもある。多くのリンチバーグ市民にとって、この蒸溜所で働く生活は一族の伝統だ。現在の従業員の3分の2は、両親や祖父母の代からジャックダニエルに勤めていた。アーネットは誇らしげに語る。

「ジャックダニエルでの仕事を求めてやってくる人は、みなここで引退したいと考えているんですよ。それがリンチバーグでは最高の働き方なんです。何といっても、この地域でいちばんの職場ですから」

アーネットは、機械工としての自分自身も誇りに思っている。ジャックダニエルに入社したのは2001年のこと。品質管理部門のマネージャーとして雇われたのだ。その前は、P&G(プロクター&ギャンブル)で何年かコーヒーやスナックやジュースを作っていたのだという。

「ずっと車が大好きでした。というよりも、モーターとハンドルが付いているものなら何でも好きなんですよ」

 

入社7年でマスターディスティラーに大抜擢

 

アーネットは、ジャックダニエルのファンクラブである「テネシー・スクエアーズ」の会員でもあった。入社前からジャックダニエルの大ファンだった訳だ。そして入社からわずか7年で、ジャックダニエルの第7代マスターディスティラーに任命される。しかも創業家であるダニエル家や、かつてオーナーだったレム・モトロー家とも血縁のない初めてのマスターディスティラーである。

「この地球上で、僕よりもラッキーな男はいない。任命されたときもそう思ったし、今でもそう思いますよ」

世界一の人気を誇るアメリカンウイスキー。ジャックダニエルは地球上にその名を轟かせ、今でも流行文化として新しいファン層を獲得している。そんなビッグブランドの生産責任者という重責を考えると、アーネットは謙虚さが際立つ人物だ。

「この仕事を始めたのは、自分が大好きなウイスキーの生産に関わってみたかったから。ウイスキー業界に入って、これまで本当に楽しく過ごしてきましたよ」

陽光を浴びて輝くジャックダニエルの貯蔵庫。アメリカンウイスキーの代表銘柄としての伝統を守りながら、フレーバードウイスキーなどで世界中にファン層を拡大している。

アーネットがマスターディスティラーの座を受け継いでから、ジャックダニエルにはたくさんの変化が起こった。最重要商品は、もちろん地域の経済を支えているブラックラベルこと「ブラック Old No. 7」だ。それでもここリンチバーグでは、たくさんの革新的な試みも続けられている。

アーネットがマスターディスティラーとなった時点で、ジャックダニエルの主力商品は3つだった。それが今では、ライウイスキー1種類とフレーバードウイスキー3種類を加えた計10種類にまで増えている。

中でも2012年に発売された「テネシーハニー」は、ジャックダニエルとハニーリキュールをブレンドした商品。アーネットがマスターディスティラーとして初めて実現したイノベーションである。

ジャックダニエルのファン層は幅広く、しかも熱烈に支持してくれる忠実なフォロワーが多い。だからアーネットも、既存のファンがこのような商品をどう思うのか不安を感じていたという。だがそんな心配も杞憂だったと今なら言える。「テネシーハニー」は年間約200万ケースを販売し、全ポートフォリオで第2の売り上げを記録するまでに成長したのだ。

発売から8年が経ったフレーバードウイスキーは、まだ勢いを保っているのだろうか。アーネットは微笑む。

「ええ、人気はありますよ。ウイスキー全般を上回るペースで売り上げを伸ばしています。ウイスキーメーカーがハチミツ製品をつくることさえ予想外だったのに、4〜5年で100万ケース以上売れるようになるなんて信じられませんよ」

ジャックダニエルは2016年になってさらなる新商品を繰り出した。シナモンフレーバーの「テネシーファイヤー」である。サゼラックが生産する同種の人気商品「ファイヤーボール」にぶつけたボトルだ。だがアーネットは、このフレーバーに賛否両論があることを知っていた。

「シナモンは、好き嫌いがはっきり分かれるフレーバーです。世界でも受け入れられる国と、そうではない国があります。好きな人は大好きだけど、嫌いな人は大嫌い。それがシナモンというフレーバーですから」

ポートフォリオで最新のフレーバーは「アップル」だ。昨年末に「甘すぎない」フレーバーの選択肢としてジャックダニエルのラインナップに仲間入りした。アーネットはこの新商品が「テネシーハニー」並みの人気商品となることを願っている。理由は「アップルジュースは世界中で飲まれているから」だ。
(つづく)