人智学の始祖といわれるルドルフ・シュタイナーが提唱し、黒歴史も乗り越えて受け継がれるバイオダイナミック農法。知られざる過去に迫る第2回。

文:ポール・アーチボルド、フェリーペ・シュリーバーク

 

バイオダイナミックの起源を辿ると、そこにはもっと奇妙でダークな歴史もある。風変わりな習慣の多くは、オーストリアの哲学者ルドルフ・シュタイナーが1924年に行った一連の農業講義に由来している。

シュタイナーは人智学と呼ばれる運動の創始者であり、オカルトや疑似科学と見なされる分野への関心が論争の的になった。例えばシュタイナー自身は、前述の牛角の加工について次のように説明している。

「牛に角があるのは、霊的な形成力を自らの体内に送り込むため。この霊的なアストラル体による形成力は、内側に押し込まれて消化器官にまで浸透する。(中略)したがって、角に宿っている固有の性質が生命と霊力を照射し、内なる生命力を高めるのに役立つのだ。牛の角には、生命を幽体離脱のように放射する力さえある」

ブルックラディ蒸溜所のために、アイラ島で大麦栽培に実践される有機農法。最も先鋭的なオーガニックの思想が、1920年代に生まれたバイオダイナミック農法に現れている。

シュタイナーは「人種進化論」や「輪廻転生論」などによって、アーリア人が人類進化の頂点であるとした。これは他の人種が劣等であるという露骨な人種差別主義だ。また反ユダヤ政策への支持と批判の間で揺れ動き、そのオカルト的な言動が当時台頭しつつあったナチス党から敵視されることもあった。

だがナチス自体はバイオダイナミック農法を好んで採用しており、1930年代を通じて最も影響力のある擁護者でもあった。ダッハウ強制収容所とラーベンスブリュック強制収容所ではナチス親衛隊がバイオダイナミック農法を実践し、ラーベンスブリュックでは囚人に農業労働を課した。

世界的な認証機関であるバイオダイナミック連盟(当初の名称はデメーテル・インターナショナル)にも、ナチスとの歴史的なつながりがある。ドイツの農業協同組合として1927年に設立されたデメーテルは、反物質主義を理想とするナチスと親和性の高いバイオダイナミック農法を推進するため、ナチス政権や当局者とも積極的に協力していた。しかし政権内部にはシュタイナーの人智学思想やオカルト主義を警戒する声もあり、特にナチス保安局(SD)創設者のラインハルト・ハイドリヒは1935年までにドイツ国内の人智学協会を解散させた。

ドイツ第三帝国は、1941年に国内全域でデメーテルの活動を公式に禁止する。その直前には、バイオダイナミック派の提唱者でもあったルドルフ・ヘス副総統が単身飛行機でスコットランドへ渡航し、戦争終結を交渉しようとして捕虜になっていた。このヘスの失脚を利用して、バイオダイナミックの弾圧を進めたのがハイドリッヒ・ヒムラーだ。

それまで政治的保護を受けていたデメーテル、バイオダイナミック、人智学などなどの組織は、これを機に追放された。国賊のヘスがバイオダイナミックを支援していたという理由で、ナチス政府はヘスの逮捕後に人智学と「オカルト主義」に根ざしたバイオダイナミックを公式に否定。だが一方では、引き続き農園運営のアドバイスを求めてデメーテル元幹部と連絡を取り続ける者もいた。
 

過去を乗り越えて理解を獲得

 
バイオダイナミック連盟は、ホームページでシュタイナー哲学や1941年の禁止令との関連に触れている。その一方で、かつてのナチス党との関係には触れていない。

スピリチュアルであるが故に、暗黒の歴史を辿ってきたバイオダイナミックの思想。だが時を超えて21世紀のウイスキーづくりにも活かされている。

だが不思議なことに、あまり知られていないNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党)に関する記述はある。その文脈で「人種差別的、反憲法的、外国人排斥的な願望や、差別的または非人間的な行動」に反対すると公言し、「正義、公平、包摂は私たちの仕事の構成に不可欠」と強調している。

現在、バイオダイナミックのムーブメントは大きく発展している。シュタイナー以降の世代によってバイオダイナミックの手法はさらに洗練され、その哲学的で実践的なアプローチを多くの農家が受け入れている。スピリチュアルな神秘主義に宇宙的な広がりを感じる人もいれば、バイオダイナミックの実践的な学びを応用しながら科学的な根拠を理解しようとする人もいる。

バイオダイナミック農法の有効性は、まだ明確に証明された訳でもない。それでもバイオダイナミックに転向した農家が熱狂的に支持しているのは事実だ。

最近の小規模な調査によると、生産性の水準は従来型の有機農場と同程度である。それでも世界中で有名な農場やワイン畑がバイオダイナミック(フランス語ではビオディナミ)の農法を採用して、そこで産出されるワインの多くが世界最高レベルの評価を受けている。

このような成功を収めたメーカー各社は、バイオダイナミック農法に切り替えたことで恩恵が得られたと主張している。そしてバイオダイナミック農法を実践する際に、収穫量を主たる目標とはしていないことを強調してきた。収穫量や効率ではなく、土壌の健全性や生産物の品質が最も重要視されるのだ。

ウイスキーメーカーメーカーがバイオダイナミック農法を採用する理由も、フレーバー開発と環境に配慮したウイスキーづくりだ。ウォーターフォードとブルックラディは、バイオダイナミック農法による実験の結果にとても満足している。そしてウイスキー用にバイオダイナミック大麦を栽培している農家たちも、蒸溜所と同様に満足しているのだという。
(つづく)