カナディアン・「ミステリー」・クラブ 【前半/全2回】

June 20, 2015

カナダ最大の生産量を誇るカナディアンクラブには、禁酒法時代に端を発する謎があった…? 英国版本誌記者がその謎に迫る。

1986年4月21日、TVニュース司会者/リポーターのジェラルド・リベラがシカゴのレキシントン・ホテルで、ギャングとして名を馳せたアル・カポネの金庫を壊して開けるところを3,000万人のアメリカ人が見守っていた。
監察医や国税庁の役人が捕食者の群よろしく周りを取り囲む中、ジェラルドがレンガ壁を叩き壊す。しかし、全国的に大宣伝されたこの特別番組では、骸骨も札束も発見されなかった。空き瓶と埃の山以外、金庫はカラだったのだ。金庫がカラだったら一曲歌うと約束していたジェラルドは、フランク・シナトラの「シカゴ」を調子外れに口ずさみながらゆっくりと去っていった。

それから四半世紀後、カナディアンクラブのマネージャー、ティシュ・ハーカスは、特別な宣伝もなしにカポネの遺産の埋蔵所としてもっとあり得そうな場所の扉をこじ開けた − 「カナディアンクラブ・ブランドセンター」の地下、閉鎖された屋内水泳プールだ。
そしてハーカスはたったひとりで本物の宝、カナディアンクラブの貴重な古いボトルを掘り当てた。そのプールが、何故これらのボトルを入れたまま閉鎖されたのかは今もって謎だ。隣接する部屋には、カポネが多くのウイスキー取引をまとめた地下のもぐり酒場があり、銃弾による壁の穴が、よく知られた通りの彼の気の短さと荒々しい交渉術を証明している。

カナディアンクラブ…言わずと知れた、カナダ最大のウイスキーメーカー。この蒸溜所は、1858年にハイラム・ウォーカーが設立した。
ウォーカーはもともとボストンの食料品店で働いており、その経験を生かし1838年にはデトロイトへ移住して、自身の食料品店をオープンさせていた。自分の店でウイスキーを販売したいと考えていたが、当時はドラッグストアにのみ酒類の販売権があり、食料品店では認められていなかった。
しかしアメリカが禁酒法時代を迎えつつあったため、先見の明があるウォーカーは、1856年にデトロイト対岸のカナダの土地468エーカーを購入し、蒸溜所を建て、ウイスキー業界に名乗りをあげた。
その場所は、現在はウィンザー市の一部になっているが、蒸溜所一帯とウォーカーが作業員たちを住まわせた町は今も「ウォーカービル(町)」として知られている。

禁酒法時代、この川の国境はカポネら密造酒の製造者や販売業者を引き寄せたが、ウォーカーはそれよりずっと前にデトロイトのエルムウッド墓地に埋葬された。そして禁酒法時代になると、ウォーカーの相続人たちは、法律はともかく様々なしがらみを恐れて蒸溜所を破格値で売却した。
不動産業者は、ウォーカーの世界本社でもあったその豪華な邸宅の奥深くに秘密が埋まっていることを明かさなかったが、それは知らなかったからなのか、それとも…? ともあれ、その建物を改装したビジターセンター「カナディアンクラブ・ブランドセンター」では、不思議な出来事がスタッフを驚かせてきた。
そして我々は今、世界一のカナディアンウイスキーを味わうと同時に、その「ウォーカービルの謎」の調査に来ている―「ウィンザー・ハム」と呼ばれる謎の音だ。

「ハム」とは通常、交流電源の周波数が信号に混入して生じる、低い「ブーン」という雑音(ノイズ)を指す言葉だ。しかし原因不明の低周波(一部の人にしか聞こえないことが多い)が超常現象として取り上げられることも多い。「タオス・ハム」(ニューメキシコ州のタオスという町で住民の2%くらいに聞こえるという)や「ブリストル(英国)・ハム」など世界中で起こっている。名高いカナディアンクラブにまつわる超常現象とあれば、我々も調査に乗り出さないわけにはいかない。
波音のように繰り返す低周波の怪音は、ウォーカービルの一部の住民にしか聞こえないらしい。しかしかなり有名な話のようだ。宇宙人の仕業という人もいるほどだ! 環境活動家は、国境の向こうにある工業地帯の人工島、ザグ島が原因とも言っているらしい。

引退したカナディアンクラブの従業員であるアート・ジャーンズは、ウィンザー・ハムの噂を追いかける人々を指して「他にすることがない人たち」と簡潔にくくる。彼にとっては、ここでつくるウイスキーが全てなのだ。
それでも、ハーカスが地下の扉を開け、カナディアンクラブのオールドボトルを見つけたと同時に現れたウィンザー・ハムについては、やはり興味がある。カナダ政府はそれを突き止めるために、大学の研究者たちに25万ドルも与えたという。

私たちはまずカナディアンクラブの創業者と親交を深めることにした。パスポートを片手に、アートと一緒にデトロイトまで国境を超え、ハイラム・ウォーカーの墓を訪れたのだ。
我々は沈黙のうちに敬意を込めてエルムウッド墓地に立った。
「ウォーカーさん、あなたの生み出したカナディアンクラブを楽しませていただいていますよ。しかし、ウィンザー・ハムとはいったい何でしょうね?」。
黙ったまま、アートがバッグからグラスを3個取り出し、皆に1杯ずつ注いだ。
「カナディアンクラブ クラシック12年」。バタースコッチ、ダークフルーツ、コーンクリームスープに、重みがあってほのかにオイリーな口当たり、ソフトなオーキーさ、辛いショウガやコショウが混じり合っている、官能的なウイスキーだ。ウォーカーのつくり上げた、甘く芳醇な美酒…墓前でグラスを傾けると、また格別の味わいがある。「あとはあなたに」と、アートはそのボトルを創業者の墓に供えた。

【後半に続く】

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