過酷な風土をものともせず、大地を切り開いてきたアイスランド人たちの独立心。エイムヴェルク蒸溜所のウイスキーには、この島国の精神が隅々にまで息づいている。

文:ヤーコポ・マッツェオ

 
穀物や家畜の糞だけではない。アイスランドの地学的な特性も、ウイスキーに際立った個性を与えてくれる。火山島であるアイスランドは地熱エネルギーに恵まれており、エイムヴェルク蒸溜所ではウイスキー生産の全工程で地熱をフル活用している。加熱や冷却に使用する電気の消費は最小限に抑えられる。

レイキャビクでシャワーを浴びた時から、アイスランドの大地から吹き出る温泉水に強い硫黄臭があると気づいていた。この温泉水がウイスキーそのものに接触しないよう、蒸溜所のチームはいつも細心の注意を払わなければならない。

だがその一方で、飲料用の水道水は清冽な氷河の雪解け水だ。この高品質なナチュラルウォーターが瓶詰め前の度数調整に使用されているのだと蒸留所オーナーのハラルドゥル・トルケルソンは語る。

アイスランド最初期の入植者からその名をとった「フロキ」が主力のシングルモルトシリーズ。熟成期間は3年が基本だが、6〜8年熟成の製品も視野に入れている。メイン写真は、アイスランドらしい蒸溜所周辺の環境。

「アイスランドの水道水はpHが高く、ミネラル分が少ないのが特徴です。だから蛇口をひねるだけで、ウイスキーにぴったりの水が得られます」

アイスランドのやや極端な気候も、最終的なウイスキーの品質に大きな影響を与える要因のひとつだ。シグルビョルンスドッティルによると、熟成はヨーロッパ本土よりも速く進むのだという。

「スコットランドでは、いわゆる天使の分け前が2%くらい。でもアイスランドでは約4%もあります。これは主に空気が極度に乾燥しているため。雨が降っても、寒すぎて空気中に水分を保持できません。アイスランドでは水は空から頭や地面に落ちるだけ。あるいは吹雪になって顔に吹き付けるだけなのです」

熟成速度が速いことから、エイムヴェルク蒸溜所のウイスキーは他の地域の蒸溜所よりも早く熟成ピークに達することが多い。蒸溜所長のエヴァ・マリア・シグルビョルンスドッティルが、主力製品である「フロキ」について説明する。

「フロキとは、アイスランドへの最初の入植者として知られるノルウェー人、フラフナ・フロキ・ヴィルゲルザルソンにちなんだ名称。今のところ、すべてのフロキは3年熟成にしています。長期熟成はアイスランドに向いていないということをわかってもらうため、あえて12年ものをリリースすることがあるかもしれません。でも実際の熟成ピークは6〜8年くらいだと思っています」

実験的な試みを続けているエイムヴェルク蒸溜所のチームは、さまざまな熟成期間を試している最中だ。それだけでなく、多彩な種類の樽による熟成や後熟も模索している。

エイムヴェルク蒸溜所は主にオーク新樽を熟成に使用している。オーク新樽にスピリッツを入れて12〜18ヶ月ほど貯蔵すると、バーボンのようなフルーツ香を備えた「フロキ・ヤングモルト」になる。スピリッツを排出した樽には、後に「フロキ・シングルモルト」となるスピリッツが充填される。

だが最近になって、エイムヴェルク蒸溜所所はさらに多種多様な樽を熟成に利用し始めた。伝統的なオーク新樽の他に、バーボン樽やワイン樽などの樽にも触手を伸ばしているのだ。バーボン樽もワイン樽も、フルタイムの熟成に使われたり、後熟に使われたりと用途はさまざまだ。

エイムヴェルクの「フロキ・シングルモルト・アイスランドバーチフィニッシュ」には白樺材の樽が使われており、バルサミコやハーブなどのフレッシュでスパイシーなアロマが付与されている。花の香りのハチミツや、リコリスなどの感触もある面白い香味だ。

また地元アイスランドのビール醸造所でスタウトを貯蔵した樽を使用して「フロキ・シングルモルト・ビアカスクフィニッシュ」も製品化した。スタウトビールらしく、コーヒーのようなモルティでチョコレートを思わせる香味が吹き込まれている。
 

アイスランド特有の風土と共に歩む

 
エイムヴェルクの原酒在庫は、樽で約480本分が農場内に保管されている。その他に、近所の洞窟で実験的に貯蔵している樽もある。洞窟の中では、年間を通して気温が 4°Cに保たれているからだとハラルドゥル・トルケルソンは語る。

「いろんな場所で、いろんな樽を熟成しながら、楽しく実験しています。ヘラ近郊の洞窟も使っているし、氷河の下にある冷凍庫のような洞窟も使用しています。このように実験的な熟成を経た原酒は、青いラベルが目印の『ディスティラーズ・チョイス』としてリリースされることになります。でも実験作のなかから本当に素晴らしい品質のウイスキーが出てきたら、専用の新しい名称とラベルを考えることになるでしょう」

青いラベルは、樽熟成で実験的な試みをした「ディスティラーズ・チョイス」シリーズ。原料と樽の調達を強化し、今後も大幅な増産を計画している。

エイムヴェルク蒸溜所のチームは、アイスランド産の穀物を安定的に調達するための供給拡大にも積極的に取り組んでいる。現在は年間100トン強の大麦を利用しているが、今後10年間の需要拡大を見込むと60〜100倍の穀物量が必要になるとトルケルソン予測する。

「昨年のアイスランドにおける大麦の総生産量は約1万トンだったので、まだ伸ばせる余地はあると思っています。何軒かの農家のみなさんから強力を得て、短期間での生産拡大をさらに続けていく予定です」

輸入穀物への依存を減らし、地元での穀物生産を優先する。そんなエイムヴェルク蒸溜所の計画は、政府主導の長期的な農業政策にも合致している。アイスランドの食の安全性を向上させ、二酸化炭素排出量を削減することは国の目標でもあるのだとトルケルソンは言う。

「穀物農家のためにインフラを整備するため、政府は多額の助成金を承認してくれました。穀物の貯蔵と流通に役立つ施設も、アイスランド南部に建設される予定です。穀物の産地から長距離の輸送なしでウイスキーをつくるため、現在の蒸溜所を移転するか、第2の蒸溜所を新築するか検討しているところです。農場から直接ポンプで穀物を蒸溜所に送れるくらい近くて合理的なのが理想ですから」

数年前、エイムヴェルク蒸溜所はライ麦の栽培にも着手した。努力の成果は、間もなくアイスランド初の100%ライ麦ウイスキーのリリースでお披露目となるのだとトルケルソンが明かす。

「商品名は、『 Ð [eth]』といいます。農場にある一区画のみを使用したごく小規模なプロジェクトで、おそらく毎年10樽程度の生産量になるでしょう」

エイムヴェルクで現在進行中のプロジェクトは、そのすべてが周囲に広がるアイスランドならではの環境を表現しようという意図から生まれている。本当の意味で、アイスランドの景観と文化遺産を体現するようなウイスキーをつくりたい。そんな理想を断固として推し進めているのだ。

蒸溜所の歴史がまだ比較的短いことを考えると、これまでに実現させた理想はすでに偉業と呼んでもいいレベルだろう。設立からわずか10年ほどで、エイムヴェルク蒸溜所はアイスランドの真髄ともいえる多様なモルトを生み出すことに成功した。その中には驚くほどユニークなものもあり、まさに新世界ウイスキーの真髄を表現している。