比較的自由な規制環境に後押しされながら、個性的な香味を模索する各メーカー。ヨーロッパのライウイスキーづくりは、世界のウイスキー業界に新しい地平を切り拓いている。

文:ハリー・ブレナン

フランスのヴェルコール地方でドメーヌ・デ・オート・グラッセを創業したフレデリック・レヴォルは、フレンチアルプスでのウイスキーづくりがライウイスキーでなければならないと確信していた。アメリカのライウイスキーから直接的な影響を受けたわけではない。ドメーヌ・デ・オート・グラッセの農地で栽培されたフランス産のライ麦を使えば、独特の風味が生まれるのではないかと考えたのである。

ドメーヌ・デ・オート・グラッセ創業者のフレデリック・レヴォル。テロワールを表現するためには地元産のライ麦が不可欠だと語る。

このライウイスキーづくりは、単に蒸溜酒を生産する事業ではなく、持続可能な農業を目指したプロジェクトでもある。現在では、地元のライ麦品種を有機栽培するようにもなった。レヴォルが地元産のライ麦を重視しているのは、ウイスキーのテロワールを表現する基礎となるからだ。

「ウイスキーづくりのプロセスは大地から生まれ、何よりもまず穀物で始まります。すべての製造行程で、この場所だからこそできることを意識しています」

レヴォルがそう語る通り、ドメーヌ・デ・オート・グラッセのライウイスキーには、少し根菜を思わせるようなハーブやスパイスの風味が一貫している。これらすべてが、アルプスのテロワールを表現しているのである。

このようなレヴォルの考え方は、オランダでライウイスキー「ミルストーン」をつくるズイダム蒸溜所にも共通している。2代目社長のパトリック・ヴァン・ズイダムは次のように語っている。

「テロワールとは、単に原料の産地だけでなく、発酵環境、蒸溜所のマイクロバイオーム、蒸溜方法などが組み合わされた『再現性のある特性』を持ちながら特徴的な風味を生み出す必要があります。それこそが、私にとってはテロワールの本質なのです。そのような個性が穀物から得られているか、いつもニューメイクを味わって確かめています」
 

ライ麦を使用するさまざまな理由

 
このようなフレーバーの考え方が、すべてのライウイスキーづくりに当てはまる訳でもない。食用としての人気がなかったからこそ、ライ麦がスピリッツの原料になってきた地域もヨーロッパにはある。

ドメーヌ・デ・オート・グラッセの蒸溜室。ポットスチルによる2回蒸溜は、ブランデーやスコッチモルトウイスキーに通じるアプローチだ。

グリーンツリー蒸溜所(チェコ)のルーカス・ヤノツカとズイダム蒸溜所(オランダ)のファン・ズイダムも、ライ麦蒸溜の歴史について同様の話をしている。両国では、主に小麦と大麦が食用と酒造用に併用されてきた。ライ麦といえば、モラヴィアやブラバント地方の痩せた砂地でも他の穀物作物より確実に収穫できる作物だったのである。

その一方で、ライ麦の風味や歴史を愛するからこそ、100%ライ麦モルトを使ったウイスキーをつくり続けている蒸溜所も少なからずある。ズイダム(オランダ)、モエ(エストニア)、キュロ(フィンランド)、そしてアッヘン湖畔にあるコステンツァー蒸留所(オーストリア)などもそんなメーカーだ。

ライ麦モルトは、ライ麦粒のコショウのようなスパイスと甘いキャラメルのような香りをさらに引き立てる。スタウニング蒸溜所とヘルシンキ蒸溜所では、ライ麦モルトの他に大麦モルトも使用している。それでもマッシュビルにおけるライ麦モルトの割合は比較的高い(65~70%)。キュロ蒸溜所では、ハンノキ材の煙で燻したライ麦モルトから「ウッドスモーク」というウイスキーを製造している。

米国のように、コラムスチルでライウイスキーを蒸溜するメーカーは少数派だ(グリーンツリーやモエなど)。ヨーロッパのライウイスキーは、ほとんどがポットスチルでつくられている。

ズイダムはヨーロッパ最大級のスチル(フォーサイス社製)でゆっくりと加熱するスタイルだ。オート・グラッセとスタウニングも、直火式ポットスチルでウイスキーを2回蒸溜している。銅との接触を増やすことで、重たいライ麦のもろみがキャラメル化する状況にも対処できるのだという。
 

多彩な樽熟成でそれぞれの個性を打ち出す

 
アメリカの伝統へのリスペクトといえば、アメリカンオーク樽による熟成が挙げられる。ヘルシンキ蒸溜所、ズイダム蒸溜所、グリーンツリー蒸溜所、モエ蒸溜所は、いずれもアメリカンオークの新樽と古樽を組み合わせた熟成を実践している。この方針が、ライ麦モルトの重厚なパンチと強い甘味に拮抗する樽香をバランスよく授けるのだ。モエ蒸溜所のリーサ・ルハステ蒸溜所長は、モエのライウイスキーにはアメリカンオーク新樽が最適だと断言している。

しかし、すべてのライウイスキーメーカーが伝統的な熟成手法を踏襲している訳でもない。実験的な熟成を試みるメーカーの例もある。ヘルシンキ蒸溜所では、まだ少数ではあるがフィンランド産のオーク樽を使った熟成が試験的におこなわれている。

チャレンジ精神旺盛なイーストロンドン・リカーカンパニーもライウイスキーの生産に乗り出している(メイン写真も)。アメリカやカナダのウイスキーとは異なる繊細な風味が魅力だ。

イーストロンドン・リカーカンパニーは、自社製のイングリッシュライウイスキーをさまざまな種類の樽で熟成してきた。その結果、特にSTR樽(シェイブ、トースト、リチャー)で成功を収めている。

またスタウニング蒸溜所では、メープルシロップの木を含む変わり種の樽を数百本ほどテストした。共同創業者のアレックス・ムンクは、次のように語っている。

「ライウイスキーの理想的な熟成プロセスを見出すために実験を繰り返しています。メープル樽でのフィニッシュは、予想に反してそれほど甘みを感じませんでした。その代わりに、旨味とリコリスの風味が得られたのは収穫です」

まだ設立から間もないヨーロッパの蒸溜所にとって、歴史の浅さを逆手に取れるのが熟成における方針だ。じっくりと樽熟成させた樽香よりも、ライ麦の自体の穀物香をアピールするのもひとつの考え方である。

ドメーヌ・デ・オート・グラッセのウイスキーは、フレンチオークの新樽で短期間熟成させる。だがレヴォルは、この熟成があくまでライ麦の風味を際立たせるためだけの工程なのだと強調する。その後は樽香がほとんど消え去った古いコニャックバットに移し替え、じっくりと熟成させることにしているのだ。

スタウニング、キュロ、イーストロンドンなどの蒸溜所は熟成年数で勝負せず、むしろ短い熟成年数で優れたウイスキーの香味を開発しようと努力している。いずれの蒸溜所でも樽でライウイスキーを4~7年ほど熟成させ、熟成年数を明記しないノンエイジステートメント(NAS)商品として発売している。

ライ麦モルトとポットスチルを使用したライウイスキーづくりが広がるにつれ、ヨーロッパ大陸全体でひとつの方向性が形成されているようにも見える。各メーカーが、自国のウイスキーファンの嗜好に合わせて努力しているかと思えばそうでもない。ズイダム蒸溜所とヘルシンキ蒸溜所は、それぞれの国の消費者の嗜好よりも、ライウイスキー自体の品質を底上げしていくことに主眼を置いている。

ライウイスキー生産者たちの間では、より広い視野でこの分野を育てていこうという意識も芽生え始めた。スタウニングとオート・グラッセは、それぞれデンマークのワインスピリッツ協会(VSOD)やフランスウイスキー連盟(FWF)と協力して、各国のウイスキー原産地呼称に関するルールの策定を検討している。各国で栽培されているライ麦の地域品種が、このようなルールの中に反映されてくる可能性は高い。だが詳細については、まだしばらく議論が続くことになるだろう。