ライウイスキーといえば北米大陸? それはもう過去の固定観念だ。古くからライ麦を栽培してきヨーロッパ大陸でも、新時代のライウイスキーが製造されている。各地の動向を俯瞰した2回シリーズ。

文:ハリー・ブレナン

そもそもライ麦は、古来よりヨーロッパの北部で主食とされてきた作物である。さほど肥沃ではない土壌でも、ライ麦なら丈夫に育ってくれる。そんな穀物としての頑強さが珍重され、寒い地域では今でもライ麦の栽培が盛んである。

ヨーロッパでも特にライ麦の栽培が盛んなのは北欧のフィンランド。ヘルシンキ蒸溜所も地元産のライ麦を使用したローカルな香味を大切にしている。

そんな背景もあるため、現代になってヨーロッパで多くの蒸溜所がライウイスキーの生産を開始していることはさほど驚くに当たらない。アメリカのように厳しい規制がないことも幸いして、各地の蒸溜所が独自の斬新な解釈からライウイスキーに新風を吹き込んでいる。

ヨーロッパのライウイスキーについて考えるとき、真っ先に浮かぶのが「ノルディック」という言葉。つまりライ麦が伝統的に栽培されてきた北欧だ。

デンマークには、ライウイスキーを製造するスタウニング蒸溜所がある。共同創業者のアレックス・ムンクは、ライ麦を原料に使用する理由について「デンマークの食文化において代表的な穀物だから」と答える。スタウニングのライウイスキーは、生産地であるデンマークの土地柄を象徴するウイスキーでなければならないのだとムンクは言う。

「デンマークの西海岸は、風景も人々もシンプルな土地柄。だからシンプルでしっかりとした味わいのライウイスキーをつくっています。私たちのデンマーク産ライウイスキーは、リンゴ、洋ナシ、柑橘類の皮のフレーバーが特徴。スコッチウイスキーやアメリカンウイスキーに馴染みのある方にとっては、おそらくサゼラックよりもスペイサイドに近い味わいだと言えるでしょう」
 

北国や山岳地で勃興するライウイスキーづくり

 
北欧のライウイスキーを語る上で、フィンランドも忘れてはならない。伝統的なフィンランド料理は、デンマーク以上にライ麦パンが欠かせない。そんなフィンランドのライウイスキーを代表するキュロ蒸溜所のモットーは「極限までライらしく」。共同設立者のミコ・ヘイニラによると、フィンランドのライ麦は粒が小さくて風味が強いのだという。

フィンランドとも文化的に近いエストニアでライウイスキーをつくるモエ蒸溜所。ウォツカ製造の経験を活かして、地元産のライ麦から良質なウイスキーを製造する。

ヘルシンキ蒸溜所のマスターブレンダーを務めるカイ・キルピネンも、フィンランド産のライ麦に誇りを持っているようだ。豊かな風味と高い品質を活かした「超ローカルなウイスキー」をつくるために日々努力を重ねている。

フィンランド湾を挟んだ対岸にはエストニアがある。この国もライ麦を主食とし、古くからライ麦原料のウォッカを蒸溜してきた。この伝統を活かし、ライウイスキーをつくっているのがモエ蒸溜所だ。蒸溜所長と蒸溜責任者を兼ねるリーサ・ルハステいわく、モエ蒸溜所が生産するウイスキー「タム&ルキス」(直訳すると「オークとライ麦」)はとてもエストニアらしい商品だ。原料にエストニアの寒冷な気候でもよく育つ地元のライ麦品種「サンガステ」を使用しているのだとルハステは説明する。

「私たちは上質なお酒をつくることで、エストニアの農産物に最大限の敬意を表明しているんです」

エストニアからかなり西にあるオランダも、ライ麦を原料としたスピリッツが古くから蒸溜されてきた。ジンの原型ともいわれるジェネバーである。この伝統を活かして、ズイダム蒸溜所はライウイスキー「ミルストーン」を生産している。

またフランスの山岳地帯として知られるヴェルコール地方では、ドメーヌ・デ・オート・グラッセがライウイスキーを生産している。創業者のフレデリック・レヴォルいわく、アルプスの伝統的なライ麦パンからヒントを得た製品だ。

フランスの隣国スイスに目を向けると、ライ麦が特産穀物に指定されたヴァレー州がある。センピオーネ蒸溜所では、創業者のマティアス・ザルツマンがヴァレー州産のライ麦と大麦モルトの両方を原料にしたスピリッツを蒸溜している。

同じヨーロッパアルプスの山国であるオーストリアでは、デスティレリー・ファルトファーがライウイスキーをつくっている。原料に使用しているのは、オーストリア屈指の歴史があるライ麦品種「シュレーガー・ロッゲン」。病気や寒さへの強さで定評のある品種である。
(つづく)