世界的な規制緩和の流れを追い風にして、次々と生まれる小規模なウイスキー蒸溜所。起業家精神は消費者の共感を呼び、業界全体の構造を変えてゆく。クラフトウイスキーのブームはまだまだ続く。

文:クリス・ミドルトン

 

クラフトウイスキー業界の実体や、クラフトディスティラリーの定義といったものは、どこを探しても存在しない。クラフトというのは漠然とした言葉で、これまでは過去約25年間で操業を開始した小規模な蒸溜所をクラフトと呼ぶ場合が多かった。小規模メーカーが名乗ることもあれば、大規模メーカーが傘下のブランドを宣伝する形容詞としても使用される。
そんなクラフトディスティラリーの主な特徴を挙げると、蒸溜設備が小容量なので販売もバッチ単位であること。また経営主体が小規模の独立系企業であることも多い。例えば米国には2つのクラフトメーカー協会があるが、会員資格の条件には年間生産量の上限が定められている。ひとつの協会が750,000ガロン(アルコール含有量)未満で、もうひとつが52,000ガロン(同)未満である。

家内工業のようなクラフトウイスキーづくりが、思いがけないほどの大きなブームに成長した理由は何だったのだろうか。主な原因は政府にある。200年以上にわたって、英国と米国の政府はウイスキー蒸溜所の生産や徴税について厳しい規制を敷いてきた。ウイスキーは国家にとって大きな財源なのだ。

だが1990年代になると、スピリッツからの税収は国税収入の約1%にまで縮減。アルコール飲料の生産・監視・消費に対しては、かつてよりリベラルな姿勢がとられるようになった。その流れでスピリッツ蒸溜の酒造免許を取得できる最低生産量の規制が緩和され、スタートアップの障壁が取り除かれた。小規模なベンチャーはもちろん、大規模な資本が蒸溜所に投資して新しいビジネスに参入することを国家や地方政府が容認し始めたのである。

新しい蒸溜所の数が増えるにつれて、スタートアップを助ける熟練したアドバイザーや専門家への需要が高まり始めた。現在はスチルや工場設備の導入を支援する小さなエンジニアリング企業が何十社も設立されている。

また樽工房、業界コンサルタント、麦芽製造の熟練者、蒸溜を学べるコースなども、ウイスキーづくりを夢見る未経験者たちの教育に一役買っている。酒造免許の規制が緩和されたことで、クラフト製品の取引チャンネルも多様化してきた。蒸溜所での直販、オンライン販売、アマゾンなどのプラットフォームが、消費者と生産者を直接つなげるルートを提供している。やる気があって開業資金さえ調達できれば、誰もがこのムーブメントに乗ってクラフトディスティラリーを設立できる時代になったのである。

ミレニアル世代が好調を後押し

アービキー蒸溜所は原料もすべて自前で栽培する「フィールド・トゥ・ボトル」をハイランドで実践するクラフトディスティラリー。すでに人気のジンやウォツカに加えて、待望のウイスキーも現在熟成中だ。

クラフトであれ、大手であれ、ウイスキーブランドである以上はフレーバー豊かな高品質の製品を妥当な価格で販売しなければならない。理想的には、卓越したフレーバーをお値打ち価格で販売できたら、市場で競争力のあるブランドになれる。

スピリッツ業界では「ウイスキーブランドの確立には一生かかる」という古い格言がある。四半世紀が経ったクラフト部門は、いくつかの主要市場で確固たる商業基盤を築くに至っている。他国に先駆けてクラフトブームが起こった米国やオーストラリアなどの国々では、それぞれ数百軒規模のクラフトディスティラリーがひしめきあっており、全スピリッツ売り上げの4%を占めている。

消費者の需要がなければ、クラフトメーカーが注目されることも、好調な売り上げを記録することもなかったであろう。リスクを負ってクラフト事業に乗り出した起業家を励まし、無名のブランドを真っ先に支援してきたのは、好奇心旺盛なウイスキーファンや生産地の酒類市場だった。

若い世代にクラフトスピリッツを紹介したのは、爆発的なカクテルブームの隆盛を担う人気バーテンダーたちである。特にミレニアル世代は、おもしろいクラフトブランドを見つけ出して支援するのが大好きだ。クラフトブランドは、酒類の販売量を予想外の水準にまで押し上げ、長期的な高級化路線のトレンドを先導する存在になってきた。お金に糸目をつけないファンの層が、クラフトウイスキーのビジネスを強力に支えている。メインストリームの老舗ブランドが避ける効率の悪さこそ、クラフトブランドの高い値付けに正当性を与える要素だからだ。

クラフトウイスキーの未来を一言で表すなら「成長」であろう。成長、成長、また成長。世界のクラフトウイスキーを先導してきた米国でも、この分野は将来も着実な成長が見込まれている。クラフトスピリッツはこの先の3年間で販売量が1000万ケースを超えると予想されており、その内訳はウイスキーが中心だ。米国にはすでにクラフトディスティラリーが約600軒あるが、この先3年間で新たに1000軒のクラフトディスティラリーが参入すると見られている。

それぞれの販売量はまだ少なくても、人々のクラフトスピリッツへの嗜好は驚異的である。消費者調査によると、クラフトスピリッへの認知度と関心は極めて高い。原産地、信頼性、農場直送、高品質原料などの好ましい要素を満たすたくさんのクラフトメーカーが支持されている。

米国の酒税法や流通チャンネルは消費者本位の方針をとっており、これによってクラフトブランドの販売も生産地周辺にとどまらない広がりを見せている。同じようなクラフト市場の成長は、イングランドやニュージーランドといった他のウイスキー生産地にも伝播しており、入手可能なクラフトウイスキーの種類は日に日に増加している。
つまり前話で紹介したボストンのバー店主は、時代を先取りしていたという訳だ。私たちが飲みたかったウイスキーをあえて置かないことで、消費者の考えを改めさせたのである。差別化というマジックは、いつでも効果的だ。