ディアジオが誇る最先鋭のビジター体験を蒸溜所のツアーで満喫。グレンオードのモルトウイスキーを「シングルトン」ブランドとして売り出す理由とは?

文:ガヴィン・スミス

 

グレンオード蒸溜所が、初めてビジターセンターを開設したのは1988年のこと。最近も2021〜2022年にかけて全面改装がおこなわれた。エディンバラで開業したアトラクション「ジョニーウォーカー・プリンセスストリート」の建設にあわせ、主要な蒸溜所の観光施設を大幅にリニューアルしようというプロジェクトの一環である。一連のビジター向け施設の刷新には、総工費1億8500万ドル(約250億円)が費やされた。

現在のグレンオードは、3つの銘柄を擁するシングルモルトウイスキー「シングルトン」のブランドホームとしても機能している。蒸溜所に入ると、まず目を引くのは円形のバー。広い室内には、さまざまな種類のウイスキーや地元の食材を使ったデリカテッセンが備え付けられている。

設備のスペックを説明する旧来のスタイルではなく、官能的に香味を実感してもらうのが目的。ディアジオのビジター体験は、ウイスキー初心者でも敷居の高さを感じさせない。

蒸溜所ツアーに先立ち、ビジターは動画と音声を駆使したプレゼンテーションで説明を受ける。このツアーは専門的な知識やデータよりも、風味を探求することに重点を置いている。

これは蒸溜所を訪れるウイスキー初体験の人々に配慮したディアジオの方針に沿ったもので、どんな知識レベルの人でも楽しめるインクルーシブな視点が重視されているのだ。

ただ発酵槽の容量を伝えるだけではなく、ガイドが参加者の手にもろみをスプレーで吹き付けて香りを確かめる。蒸溜工程を理解するためには、ニューメークスピリッツのグラスをノージングしてもらうといった具合だ。

グレンオード蒸溜所には貯蔵庫が8棟あり、約12,000本の樽が収められている。その中でも第5貯蔵庫は、2022年6月に引退したモーリーン・ロビンソンに捧げられたものだ。ロビンソンはウイスキー業界で45年間にわたって働き、最後はシングルトン担当のマスター・オブ・モルトの要職を担って他のディアジオ商品にも大きな知見をもたらした。その功績を称えるため、貯蔵庫のドアには銅製のプレートが設置され、ロビンソンの肖像画と署名が刻まれている。
 

ウイスキー初心者も魅了するシングルトンの戦略

 
「シングルトン」をテーマにした蒸溜所ツアーは、大人1人20英ポンド。ディアジオによると、 シングルトンがこだわる「スロー・クラフト」を深く体験できる内容になっている。スロー・クラフトとは、つまりじっくり時間をかけた品質重視のウイスキーづくりだ。ツアー体験後は、ディアジオのウイスキーづくりが高品質のモルトウイスキーを生み出す理由について理解しているはずだ。

ツアーオプションの「ペアリング体験」は、大人1人60英ポンド。通常のツアーに加え、5種類のシングルトン商品を試飲しながらさまざまな食材とのペアリングを楽しむ。ハイランド地方のスモークサーモン、海藻とワカモーレ、ジャムを添えた鴨の胸肉の燻製、スコットランドのチーズとクロスティーニ、チョコレート入りウイスキータルト、パッションフルーツなどがカナッペで供される。

シングルトンが重視しているターゲットは、明確にウイスキーの入門者だ。初めて体験するシングルモルトとして、抜群に優れた香味のバランスを体験してみたい。

また大人1人250英ポンドの「モルト・トゥ・カスク体験」は、あらゆるウイスキーの製造工程を深く知ることができるガイドツアーだ。ディアジオいわく、ウイスキー愛好家を対象にした究極の体験であり、ウイスキーづくりの舞台裏を覗ける特別感が魅力である。ドラム式の製麦を現地で視察し、貯蔵庫で熟成中の原酒を樽から取り出して試飲。さらにはシングルトンのラインナップから、6種類の希少なウイスキーをプライベートなテイスティングルームで試飲できる。この試飲は、もちろんプロフェッショナルのガイド付きだ。

そもそもなぜ蒸溜所の名前ではなく、「シングルトン」というブランド名でウイスキーを生産しているのだろう。そこには最大手のウイスキーメーカーらしいファン獲得の戦略がある。

「シングルトン」の名称は、1980年代にオスロスク蒸溜所のシングルモルトで初めて使用されたという。現在は東アジア向けの「グレンオード」、米国・カナダ向けの「グレンデュラン」、欧州向けの「ダフタウン」という3種類のシングルモルトウイスキーに適用されている。

この3箇所の蒸溜所のうち、「グレンデュラン」と「ダフタウン」は、どちらもダフタウンにある。スペイサイドにおけるモルトウイスキーの一大生産地だ。ディアジオによると、「シングルトン」のウイスキーは主にウイスキー初心者に対してアピールする「リクルートメント用」モルトウイスキーという位置づけなのだという。

ディアジオの広報担当者は、次のように語っている。

「同じシングルトンという名前でありながら、3つのシングルモルトの風味は大きく異なります。それぞれの蒸溜所のウイスキーを要約するのは難しいのですが、ダフタウンはナッツのような穀物の香り、グレンデュランはフレッシュな果樹園のフルーツ、グレンオードはダークベリーの香りが特徴です。いずれのウイスキーも見事にバランスのとれた香味で、リッチかつスムーズな余韻が楽しめます」

いずれもシングルモルトスコッチウーキーが提供できる香味スペクトルの中から、魅力的で楽しいフレーバーを選び抜いた味わいなのだと広報担当者は言う。

「つまり徐々に魅力が理解されていく通好みのウイスキーではなく、初めて味わった瞬間から好きになってもらえるようなウイスキー。専門家のみなさんが指摘するように、シングルトンには初心者を魅了する個性が備わっているのです」