ウイスキー業界を変えた小さな蒸溜所は、想定を超えた人気に対応して増産を決意した。遠く離れたキルホーマンと秩父は、再び同じ未来の夢を見ている。

対談:肥土伊知郎(秩父蒸溜所)+ ピーター・ウィルズ(キルホーマン蒸溜所)
構成:WMJ

 
 
 

予想を超えるスケールの設備投資

 
ピーター・ウィルズ
お互いに国内有数の小規模な蒸溜所としてスタートした秩父とキルホーマンですが、ここ数年で大きな設備投資をしたばかりですね。11年前に父と話し合ったときは、2人とも大規模な増産を否定していたようです。でも結局は、どちらも想定を超えた生産力の拡張に踏み切りました。

肥土伊知郎
もともとの生産量が少なすぎました。フル稼働でも1日にバレル2本分の設備だと、まったく需要に追いつかないことが明白でした。2014年くらいから増産の検討を始め、2016年には覚悟を決めてフォーサイス社に連絡。そして3年前の2019年に第2蒸溜所が完成しました。

第2蒸溜所の完成で、秩父蒸溜所の生産力は大幅アップ。同じくキルホーマンでも大規模な増産計画が進行中だ。

ピーター・ウィルズ
第2蒸溜所の生産力は、第1蒸溜所よりもかなり大きいようですね。

肥土伊知郎
第1蒸溜所の1バッチは400kgで、第2蒸溜所は2tなので単純に5倍です。マッシュタンも第1は人間が木べらでかき混ぜられるサイズですが、第2蒸溜所では機械化しました。第1の発酵槽はミズナラ材ですが、第2はフレンチオーク材です。スチルは同じ形状で容量を増やし、直火式の加熱に変えました。

ピーター・ウィルズ
キルホーマンの改修も、秩父と同じ2019年です。完全に同じサイズのマッシュタンやスチルを加え、生産力をちょうど2倍に増やしています。ファームディスティラリーらしい小規模生産を維持する道もあったのですが、父は次世代のためにチャレンジを決断しました。来年はさらに設備を倍増して、創業時の4倍にまで生産力を拡大する予定です。

肥土伊知郎
ウイスキーは蒸溜からボトリングまで時間がかかるので、早期に増産を決めたのは英断だと思います。息子さんや次世代のために、長期的な視点で決断したお父様は立派ですね。秩父蒸溜所では、第1蒸溜所と第2蒸溜所で各1バッチの合計2バッチを生産しています。キルホーマンは1日何バッチですか?

ピーター・ウィルズ
当初は、父自身が週5日の1日1バッチにこだわっていました。でも原酒の逼迫を意識してからは2バッチに増やし、今では24時間稼働で3バッチをこなすようになりました。2シフト制で何とか回しています。ダンネージ式の貯蔵庫もいっぱいになり、新しくラック式を新設しました。

肥土伊知郎
秩父の貯蔵庫も同じです。古い6棟はダンネージ式ですが、ラック式の貯蔵庫を1棟追加しました。それでも来年にはすべていっぱいになる予定です。
 

手づくりへのこだわりは不変

 
肥土伊知郎
秩父とキルホーマンは、どちらもごく小規模で事業を始めました。ウイスキーづくりのアプローチにも共通点があります。地元産原料へのこだわり、手作業の重視、蒸溜所内でのボトリング、そして今では珍しいフロアモルティングもそうですね。

容量、時間、温度。2人の対話には、たくさんの数字が登場する。数字を交換するだけで、お互いのこだわりとアプローチが理解できるからだ。

ピーター・ウィルズ
キルホーマンでは、年間300トンのアイラ産大麦をフロアモルティングで製麦しています。アイラ産の大麦は小粒で、ポートエレンから購入する本土産のモルトより収率で劣ります。それでもファームディスティラリーとして、アイラ産大麦は不可欠なのです。秩父ではピーテッドモルトも使用していますか?

肥土伊知郎
創業以来ずっとピーテッドモルトも使用しています。第1蒸溜所は80%がノンピートで、残りの20%がヘビリーピーテッド。第2蒸溜所は50%がノンピートで、残りの50%でさまざまなレベルのピーテッドを試しています。

ピーター・ウィルズ
キルホーマンの熟成樽は、全体の70%程度がバーボン樽です。アメリカンウイスキーの人気もあって、樽の確保は年々難しくなってきました。秩父でもバーボン樽が中心ですか?

肥土伊知郎
バーボン樽が全体の50%程度を占めます。あとはシェリー樽やコニャック樽などのさまざまな樽を調達して、国産のミズナラ樽でも熟成しています。

ピーター・ウィルズ
ミズナラ樽は世界的に注目されていますね。熟成すると、どんなフレーバーになりますか?

秩父蒸溜所の樽工房は4人の職人が常勤。良質な樽の確保も共通のこだわりだ。

肥土伊知郎
最初の変化はマイルドなのですが、次第にサンダルウッドのような香木を思わせるフレーバーが出てきます。これまでミズナラ材は北海道産銘木市売で競り落としてきましたが、ようやく地元産のミズナラも手に入るようになりました。蒸溜所内の樽工房で新樽を組み上げています。

ピーター・ウィルズ
樽工房を併設しているのには驚きました。蒸溜所内で樽内部のチャー(焼付け)もできるんですね?

肥土伊知郎
チャーもトーストもできます。以前は私が樽の組み換えもやっていましたが、現在は4人の樽職人が常勤して古樽のリペアや新樽の組み上げもやっています。これから樽の調達が難しくなると、おそらく樽製造の需要は上がってくるでしょう。バーボン樽は決まった取引先から調達されていますか?

ピーター・ウィルズ
バッファロートレースと直接やり取りしていましたが、在庫不足で思うように入手できなくなりました。今ではブレッケンリッジと取引しています。それでもバーボン樽の値段は年々上がっていますね。日本での樽の調達には苦労がありますか?

肥土伊知郎
価格の高騰は悩ましいところですが、輸送に大きな問題はありません。コロナ禍では混乱した時期もあり、コンテナ2〜3台分の樽が同時に届いて慌てました。熟成樽の調達には、コントロールできない要素もありますね。今は燃料費をはじめ、ウイスキーづくりのさまざまなコストも上がっています。
 

次の時代を見据えて

 
ピーター・ウィルズ
このたび私たちは、初めて熟成年数を表示した「キルホーマン16年」を発売しました。販売予定数は5000本と少量ですが、日本でも数百本を販売する予定です。秩父蒸溜所も、熟成年数を表示したウイスキーを発売する予定はありますか?

ボトリングしたばかりの限定商品「キルホーマン16年」を持参したピーター・ウィルズ。ノージングした瞬間に、肥土伊知郎は「ビューティフル」と顔をほころばせた。

肥土伊知郎
年数表示は、創業時からひとつの目標でした。これまでに発売した商品としては、2020年の「秩父10年 ザ・ファーストテン」があります。さらに昨年は12年熟成のボトルも発売しました。現在は貯蔵庫に酒齢15年の原酒がありますが、まだ具体的な計画はありません。最初期の原酒には思い入れも強いので、ひょっとしたら30年くらい待つかもしれません。

ピーター・ウィルズ
キルホーマンが2006年につくった原酒は希少です。いちばん最初に樽詰めしたファーストカスクの原酒は、これまで何度か販売しました。たった一度しか用意できない記念すべき原酒ですから、定期的にテイスティングしてボトリングの時期を見計らっています。秩父蒸溜所でもファーストカスクはとってありますか?

肥土伊知郎
秩父蒸溜所のファーストカスクも、大切に保管してあります。今から15年後は、お父さんもまだ80代前半ですね。お互いに30年熟成のウイスキーを発売できたら最高です。ぜひ実現させて、そのときは盛大にお祝いしましょう。