肥土伊知郎さんの言葉に勇気づけられ、蒸溜所設立のために土地を購入した宇戸田詳自さん。コロナ禍を乗り越えて、ついに念願のウイスキーづくりが始まった。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

2017年にはフォーサイス社のリチャード・フォーサイス・ジュニアが建設予定地を訪ね、蒸溜所の大まかな設計案を描いていった。この年の5月、宇戸田さんは何年も前からお願いしていた秩父蒸溜所での実習も実現した。実習を終えた後も、秩父にはたびたび通っている。

このベンチャー事業の資金を集めるため、宇戸田さんは社債を発行した。買ってくれるのはバーテンダーや酒販店など、ウイスキー事業に関心がある人々だ。口コミが広がって海外の投資家も参加するようになり、2019年までに蒸溜所建設や生産設備の導入に必要な資金は集まった。

ポットスチルなどの設備を製造したフォーサイス社のスタッフは、コロナ禍に巻き込まれて来日を断念。オンラインで指示をもらいながら、経験豊富な地元の平野商店が施工を担当した。

「コロナ禍が始まったとき、ちょうど船で輸送中の設備もありました。コンテナはあちこちを漂流して、ようやく2020年5月にここまでたどり着きました」

その数週間後には、スコットランドからフォーサイス社のスタッフたちもやってきて機器を設置してくれる予定だった。しかしコロナ禍の最中だったので来日はかなわず。その後も8月まで待ったが、タイムリミットは迫っていた。

「これ以上待ってもしようがない。そう思って、地元大分の平野商店に設置を手伝ってもらうことにしました。平野商店は酒類製造設備の販売業者で、古くから大手の日本酒メーカーや焼酎メーカーと取引があります。フォーサイス社のスタッフからオンラインでサポートをもらいつつ、2020年の末までに4カ月で機器の設置を完了させました」

蒸溜所はクリスマス前に完成し、2021年1月5日にはウイスキーの酒造免許が届いた。ついに夢が現実のものとなったのである。記念すべき久住蒸溜所の初蒸溜は、2021年2月20日。最初のミドルカットが、2月27日に取り出された。

稼働中の蒸溜所を見たいので、生産設備が置かれている建物へと移動する。ここで宇戸田さんはヘッドディスティラーと製品担当マネージャーを兼任する武石裕さんにバトンタッチした。

ちょうどこの日は、武石さんの31回目の誕生日だった。だが日本では会計年度が4月1日から始まる会社が多いため、年度締めの日はさすがに忙しそうだ。今日初めて蒸溜所で働き始めたスタッフもいて、蒸溜室でトレーニングを受けている。

武石さんはもともとIT関連の企業で働いていたが、2017年にキャリアを大転換して久住蒸溜所のプロジェクトに参画したのだという。

「現在、生産部門では4人が働いていて、僕がいちばん年上です。他の3人はみんな20代ですよ」

 

フルーティでリッチな酒質を追求

 

粉砕から樽詰めまでの行程が、すべて同じ屋根の下でおこなわれる。建物自体も極めてコンパクトだ。原料に使用する大麦モルトは、バッチあたり500kg。最初は週に3バッチのペースでスピリッツが生産され、徐々に4バッチ、6バッチと増えていった。最終的に、2022年6月からは週に7バッチのペースで年中無休の生産体制を確立する計画なのだという。

年中無休と言っても、8月にはメンテナンスのために3週間の休みをとる。また年間2ヶ月はピーテッドモルト(40~50ppm)を原料に使用する期間も設けられる。それ以外は、ノンピートのモルトが原料なのだと武石さんは説明する。

「ほとんどは輸入モルトですが、地元大分県の豊後大野市の農家と契約して、地元産の大麦20トンを今年から分けてもらうことになっています。おそらく今年の末にかけて蒸溜することになるでしょう」

粉砕時の比率は、ハスク30%、グリット55%、フラワー15%だ。ほとんどの蒸溜所よりも、ハスクの比率が少し高めである。

ヘッドディスティラーの武石裕さんが、取り出されたスピリッツをチェックする。31歳で生産部門を管轄する若きリーダーだ。

「糖化のプロセスをいろいろ試して、この比率が一番うまくいくことがわかったんです」と武石さんが話す。糖化槽はセミラウタータンで、クリアな麦汁を目指している。バッチごとに約2,500Lの麦汁が得られ、5槽ある発酵槽の1つに送られる。発酵槽のうち4つはエナメルでコーティングした日本酒用のタンクで、1槽あたりの容量は4,000Lだ。5番目の発酵槽は容量3,000Lのダグラスファー材なのだと武石さんは言う。

「今年の夏までに、この4つの日本酒用タンクをダグラスファー材の発酵槽に置き換えます。それ以降は、すべて木製の発酵槽で発酵がおこなわれることになりますね」

発酵時間は92時間で、ドライタイプのウイスキー酵母が使用される。蒸溜前のもろみはアルコール度数8%である。

蒸溜に使用されるポットスチルは、容量2,500Lのウォッシュスチル(初溜釜)と容量1,800Lのスピリッツスチル(再溜釜)が対になっている。どちらもヘッドの形状はストレートで、ラインアームはわずかに下向き。接続されたコンデンサーは、シェル&チューブ型(多管式)だ。ポットスチルの形状をおおまかに指定したのは武石さんだが、その狙いはフルーティでリッチな香味のスピリッツを得ることにあったのだという。

「ヘッドをストレートにしたのは、豊かな香味が欲しかったから。初溜も再溜もそれぞれ6時間半くらいかけて、ゆっくりと蒸溜しています。再溜時のフォアショット(前溜)は8分ほどで、テール(後溜)は度数63.5%を目安にカットします。ポットスチルを設計したときのイメージより、少しだけヘビーな酒質のスピリッツが得られますが、それでも満足しています」

ひとつのバッチから約320〜330Lのニューメイクスピリッツ(度数60%)が出来上がり、蒸溜所内で樽詰めされて熟成期に入るのだと武石さんは説明する。

「ここでつくられるスピリッツのおよそ70%はバーボンバレルに樽詰めされます。残りの30%は、シェリー樽、ブランデー樽、アルマニャック樽、ラム樽、カルバドス樽などで熟成しています」

生産開始から1年が経って、生産棟の隣にある小さなダンネージ式の貯蔵庫は隙間なく熟成樽でいっぱいになった。正確に数えると、すでに501本の樽があるそうだ。

「この貯蔵庫には、かつて瓶詰めされた日本酒が保存されていたんです。壁がとても厚いので、建物の中は夏でもかなり涼しく保てます。まだ生産開始から1年ほどなので、熟成の進み方には未知数の部分もあります。でもおそらくは、どちらかといえばゆっくりとした熟成になるのではないでしょうか。これから850~900本くらいの樽が収容できるラック式の貯蔵庫を敷地内に建設する予定です」

管理棟に戻ってくると、美味しそうな日本式カレーライスの匂いが漂っている。社長がみずからスタッフのためにたっぷりのランチを用意してくれたのだ。ご相伴に預かりながら、あらためて蒸溜所建設までの道のりを振り返る。生まれ故郷にウイスキー蒸溜所を建てるという夢が、まさか実現できるとは思わなかった。でも、今こうやってウイスキーをつくっている。宇戸田さんは笑いながら言った。

「やっぱり肥土さんは正しかったね」