サウナを愛する北欧の国で、上質なライウイスキーをつくる先駆的な蒸溜所。フィンランドでのキュロ蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文:クリスティアン・シェリー

 

夕刻になっても、暗闇が訪れない季節。レイニランコスキ川には陽光が降り注ぎ、すぐ上流にあるペルティラ橋からは人々が冷たい水に飛び込んでいく。橋は1車線の細い道で、白い手すりが付いている。

夏の盛りを過ぎて、まだ間もない頃だ。はるか上流の雪解け水を集めた川は、サウナで火照った体を冷やすのにちょうどいい。ギリギリまで熱気に耐え、橋まで走って水に飛び込む。この繰り返しが楽しみだ。

夏の夕暮れは、のんびりと過ぎていく。フィンランド西部の小さなイソキュロ町。その中心地から外れた川沿いにキュロ蒸溜所はある。古い酪農用の建物を利用した面白い生産拠点だ。古いアルバムから出てきたようなひなびた風景の中で、革新的なライウイスキーがつくられている。

すべての設備をライ麦の特性にあわせて設計したというヘッドディスティラーのカレ・ヴァルコネン。サステナブルなウイスキーづくりを実践しながら、先入観を覆すようなライウイスキーの香味で勝負する。

共同創業者の一人であるミイカ・サルミ・リピアイネンは、英国、アイルランド、アジアへの輸出も担当するリーダーだ。2019年に訪ねた時も、彼が率先してサウナから川に飛び込んでいた。当時のキュロ蒸溜所は、ジンとウィスキーをつくり始めたばかり。2種類の原酒をつくり分け、ライ麦100%のスピリッツを効率よく蒸溜するための設備を構築中だった。

今回はリピアイネンだけでなく、共同創業者の仲間からカレ・ヴァルコネン(蒸溜責任者)も交えて近況をうかがえることになった。この4年間で、蒸溜所には多くの変化があったはずだ。それでもチームの熱意、ライ麦へのこだわり、そしてウイスキー業界を革新していこうという気概はまったく変わっていないだろう。

はたして一般の消費者は、スピリッツの原料となるライ麦についてどのくらい深く理解しているのだろうか。そんな議論を持ちかけると、まずリピアイネンが口を開いた。

「とにかく、私たちはまったく新しいライウイスキーのスタイルを提案するためにこの仕事を始めたんです」

アメリカのライウイスキーを念頭に置いた発言だろうか。キュロ蒸溜所の面々は、スコットランドやカナダなどのライウイスキーづくりも参考にしたと公言する。だがその一方で、実際にはそのいずれともまったく異なる味わいのライウイスキーを生産している。

そんな試みを始めたのは、5人のサウナ仲間だった。ミイカ・サルミ・リピアイネン、カレ・ヴァルコネン、ヨウニ・リトラ、ミッコ・コスキネン、ミコ・ヘイニラ。フィンランド産のライウイスキーをつくろうと決めてから、しばらくは極めてつつましい黎明期がしばらく続いた。リピアイネンは当時を振り返る。

「すべては1基の蒸溜器から始まりました。フィンランドでは、このような事業を大体的に始めるための資金がないんです。資金が集まらないので、計画を立てては規模を縮小し、その計画をさらに縮小しました。結局は各メンバーが個人でローンを組むことになったんです」

そうやって最初の設備が納入され、ライ麦からスピリッツを蒸溜する夢がついに動き出したのだ。
 

ライウイスキーに特化した生産スタイル

 
現在の生産量は、純アルコール換算で年間約10万リットルに及ぶ。蒸溜所内の貯蔵庫では、130万リットルのウイスキーが樽内で熟成されている。特に英国とドイツへの輸出が盛んだ。新しいライウイスキーの可能性に惹かれる人々が増え、それがわざわざフィンランド産のウイスキーを購入するエネルギーになっているようだ。

キュロのスピリッツには、それ自体で魅惑的な味わいがある。ライウイスキーといば、通常は辛味があってメンソールのようにスパイシーな特徴を思い起こすだろう。だがキュロのウイスキーには、また異なる特性があるのだとリピアイネンが説明する。

「スパイスは感じますが、より地に足がついているような味わい。甘さも普通のライウイスキーより強いと思います。発芽ライ麦と未発芽のライ麦を100%使用しているので、トースト感も強調されています」

糖化と発酵はライ麦との付き合いが長いアメリカやカナダから学んでいるが、スピリッツの蒸溜はスコットランド流のポットスチルにこだわる。ここから生まれるのは、誰も体験したことのない豊かな香味のライウイスキーだ。

ヴァルコネンも技術面の工夫について語りだす。

「そもそもライ麦は、取り扱いが難しいことで知られています。粘度が高く、製造中に焦がしてしまうこともあります。とにかく予測外のことが起こる原料なんです。でもすべてをライ麦に特化した考えで設計すれば、そんな課題も解決の糸口が見つかります。最初はなんで麦汁がこんなにネバネバしているのかと驚きましたが、2回目からは糖化工程を改善してうまくいきました」

ライ麦特有の問題を解決するため、ヴァルコネンは発酵時間も6日間に延長した。

「豊かな風味を獲得するために重要な工程ですが、蒸溜時の取り扱いを簡単にするための意味もあります。ライ麦の蒸溜は難しいのですが、私たちは当初からライ麦だけに特化した最適な方法を模索してきました。毎回のように改良を重ねてきたんです」

そして最終的に行き着いたのが、アメリカとスコットランドの蒸溜設備を折衷したようなハイブリッドシステムだったとヴァルコネンは言う。

「工程の序盤では、どちらかといえばアメリカ流のやり方でライ麦を処理していきます。でも蒸溜はスコットランド式のポットスチル。最初からライ麦に特化した最適な方法を模索することで、より幅広い香味を引き出し、丸みのある味わいのバランスを実現しています。そして新樽と中古樽を自由に使い分けて複雑な香味も授けています」

キュロが辿った製造工程の工夫を掘り下げてみると、ライウイスキーづくりにはまだまだ革新の余地が残されているとわかってくる。ライ麦との格闘は、キュロ蒸溜所の哲学に深く根を張っている。だからすぐに別の穀物原料へ宗主替えすることはないとヴァルコネンは語る。

「酵母の種類や使用する樽の種類、そして蒸溜時のカットのタイミングなど、常にさまざまな条件を変えて実験を続けています」
(つづく)