妥協のないサステナブルな方針とテロワールへのこだわり。キュロ蒸溜所の創設者たちは、ウイスキーというカテゴリーに新しい可能性をもたらしている。

文:クリスティアン・シェリー

 

ライ麦の豊かな香味を引き出すため、さまざまな工夫を取り入れているキュロ蒸溜所。さらに興味深いのは、独自の手法によるスモーク香の導入だ。カレ・ヴァルコネン(蒸溜責任者)がその詳細を説明してくれる。

「フィンランド産のピート(泥炭)でも実験しているんです」

興味深いことに、フィンランドの土壌には淡水系のバイオマスが多く含まれている。スコットランドの島々でよく見られる海水系のバイオマスとは異なるもので、これはフィンランドの国土が地質学的に極めて古いことに起因するのだという。共同創業者のミイカ・サルミ・リピアイネンが説明する。

冬は深い雪に覆われる北欧フィンランド。収穫や種まきの周期も、新しいウイスキーづくりのヒントになる。

「フィンランドの土壌は歴史が古いため、硬質なミネラルがすべて洗い流されています。また害虫やバクテリアの量も非常に少なく、その結果としてピートには塩辛さがありません。これが海産物とは異なったうま味を感じさせるのです。アルデヒド系やフローラル系の化合物を含むので、香り自体も濃厚になります」

このようなピートの特性がフィンランドらしいテロワールを感じさせ、他のピーテッドウイスキーにはない風味を生み出すというのだ。

最近リリースされた「キュロ ウッドスモーク」についても紹介しよう。このウイスキーには、フィンランドという土地を強く意識させてくれる味わいがある。伝統的なピートによる製麦ではなく、フィンランドの伝統的なリーヒ納屋でハンノキ材を燃やして燻された香りが特徴なのだ。このやり方は、フィンランド伝統のスモークサウナと共通だ。自然の循環を取り入れたウイスキーづくりに、詩的なセンスが感じられる。ヴァルコネンが説明する。

「フィンランドに古くから伝わるこの伝統が、まだ現役で使えることを知ったのも嬉しい驚きでした」

リピアイネンもまた、納屋が持つフィンランドの社会的な歴史が重要な理由を説明する。

「ライ麦の種まきは、土壌が凍結する冬の前に済ませておく必要があります。そして雪解けとともに発芽が起こります。だから収穫と植え付けを同時にやるのがフィンランドのライ麦栽培。厳しい冬を前にして収穫を急ぐためにリーヒ納屋があります。このプロセスには農業上の必然性や社会的な要請もあるのです」

ハンノキを燃やした煙で、ライ麦を燻す時間は24時間にも及ぶ。だがこの長時間にもかかわらず、ハンノキの煙が穀物に深く浸透することはないのだとヴァルコネンは言う。

「同じ方法を使っている人が、他にいるかどうかはわかりません。木材の煙から得られるフレーバーは、ピートから測定されるフェノールとはまったく異なっています。ピートよりもアロマが濃厚で、肉感的な風味が加わります」

現在、キュロ蒸溜所で使用されるライ麦の20%パーセントがスモークされているという。熟成を経てどんな味わいになるのか、今後の展開も楽しみだ。
 

偽りのない究極のエコ蒸溜所

 
キョロ蒸溜所のチームと一緒に過ごすと、環境と社会の両面でサステナブルであろうとする強い意志が伝わってくる。キュロ蒸溜所の熱源は、100%地元の生ごみバイオガスで賄っている。もちろんスチルの加熱も含めての100%だ。これだけサステナブルな事業モデルなのだから、大々的に誇ってもいいのではないか。そんな意見を投げかけると、リピアイネンは笑いながら答える。

「透明性のために断っておくと、ディーゼルトラクター1台は軽油で動いています。でもその他のエネルギーは全部バイオガス。カーボンオフセットなどで理屈上の100%を謳っているのではなく、実質的にサステナブルなエネルギーだけで生産できる態勢を実現しました」

サステナブルな方針を標榜する蒸溜所は多いが、本気の取り組みもあれば過大に喧伝されているものもある。間違いなくトップクラスのサステナビリティを達成したキュロ蒸溜所が、あえて環境面での優位性を声高に叫んでいないのもラディカルだ。

フィンランドのライフスタイルをこよなく愛する創設メンバーの5人。つくり手の楽しさやこだわりは、そのままキュロのテロワール戦略にも反映されている。

キュロ蒸溜所だけがサステナブルになるのではなく、ウイスキー業界全体が実質的にインクルーシブな理想を実現していくこと。リピアイネンが思慮深くそんな目標について説明する。

「北欧の国々は、平等を重んじる社会の実現において世界的に評価されています。でも現実には、私やヴァルコネンのような白人の中年男が主要な役割を担っている。さまざまな人がここにやってきてウイスキーを楽しめるようにするには、まだまだ多くのアクションが必要です」

これからの時代は、ウイスキー業界が今よりもずっと多様な世界になってほしい。そんな願いをリピアイネンは本気で抱いているのだ。

「人口統計学的な観点だけでなく、風味の嗜好などについても幅を広げていきたい。北欧のウイスキーはまだ白紙のような黎明期なので、ウイスキー文化全体のために多くのことができる立場だと思っています」

リピアイネンとヴァルコネンは、2014年以前から他の蒸溜所で働いてウイスキーづくりを学んでいた。そんな先輩格の蒸溜所の人々は、いずれライバルとなるであろう2人に機密情報のようなウイスキーづくりのノウハウを教えてくれた。こんな業界内の連帯も、リピアイネンは気に入っているのだという。

「誰よりも早くウイスキーづくりにおける多様性を実現するため、これまでも率先して行動を始めてきました。現在キュロ蒸溜所の生産チームを率いているのは、同僚のマリ・サーレンパー。フィンランド初の女性ウイスキーメーカーで、彼女はこれから自分の新しいウイスキーブランドを立ち上げることになるかもしれません」

「ウッドスモーク」など、どこにも真似できない商品を発売するキュロ蒸溜所。その真価は、ぜひ実際に飲んで確かめてみたい。

北欧のウイスキーづくりは、フレーバーの面でも業界の最先端を走っている。ヴァルコネンもリピアイネンも、スカンジナビア地域の同業者たちに賞賛を送っている。共通した「北欧スタイル」は存在しないが、グローバルな市場で北欧ウイスキーのブランド力を高めたいのだとリピアイネンは言う。

「現在のところ、私たちは他地域と一緒に『ワールドウイスキー』のひとつとして分類されています。でもここ2〜3年のうちに、北欧からもっと面白いウイスキーがたくさん出てくるはずですよ」

そしてキュロ蒸溜所もまた、そんな面白いウイスキーの発売を期待されているメーカーのひとつである。ヴァルコネンの言葉にも自信が滲んでいる。

「十分に熟成させたストックも揃ってきました。つくり手の立場から言っても、キュロ蒸溜所は本当に面白い段階に差し掛かっています」

そのユニークなリピアイネンもこれからの展開にワクワクしているようだ。

「主力商品に加えて、来年から面白いアプローチの商品をお披露目できるかもしれません。複雑な香味を獲得した原酒で、もっとユニークなシリーズをリリースする可能性もあります。長い熟成によってどんな特性が生まれてくるのか。まだまだ未知の世界が広がっています」

毎日ウイスキーを楽しみたいコアなファンにとっても、キュロ蒸溜所のウイスキーは決して高額なものではない。リピアイネンは今後もリーズナブルな値付けを続けると約束した。

「ウイスキーはコレクションするものではなく、飲んで楽しむもの。だから私たちのコアレンジのように、いつも訂正な価格で購入できることも大切なのです」

革新的な香味、倫理的な業界、明るい未来。そんな理想の実現に向けて働いているキュロ蒸溜所は、もうあなたのお気に入りになったのではないだろうか。