古き良き伝統を守るアイラにも、さまざまな変革の波が押し寄せている。大きなキーワードは「サステナブル」だ。

文:ライザ・ワイスタック

 

サプライチェーンの混乱と気候変動の影響により、ウイスキー蒸溜所はさまざまな優先順位の変更を迫られている。その結果、サステナビリティを前面に押し出す必要性がかつてないほど増してきた。

とはいっても、すでに200年以上の歴史を持つアイラ島のウイスキーづくりが一朝一夕で完全なグリーンになれる訳でもない。ここではエンジニアリングと同じくらい、臨機応変さと創造性が重要になってくる。

ブルックラディのこだわりは、いつもサステナブルなウイスキーづくりを先駆けていた。地元産のライ麦を原料としたウイスキーも、型破りなブルックラディらしい挑戦である。メイン写真はラガヴーリン蒸溜所の遠景。

ブルックラディ蒸溜所のアラン・ローガン(製造責任者)は、そんなサステナブル路線をリードする存在だ。

「ブルックラディは、引き続きサステナブルなウイスキーづくりに力を入れて取り組んでいきます。そのひとつは、ピート採掘場である泥炭を将来にわたって保護し、責任を持って管理すること。そうすることで、将来も持続可能な原料をウイスキー業界に供給できるようにしたいと願っています」

ブルックラディでは、アイラ島産のライ麦を主原料とした初めての商品「リジェネレーション・プロジェクト」を発売した。ローガンは、この試みも「ウイスキーがポジティブなインパクトをもたらせる証し」であると説明している。

ブルックラディのサステナビリティ戦略は、「エネルギー消費と二酸化炭素排出の抑制」「生物多様性に配慮した新しい農業」「包装の簡素化と廃棄物の削減」「アイラ島と地域社会への還元」といった4本の柱からなる包括的なプログラムだ。

特にエネルギー面では、二酸化炭素の排出量を削減する方法を模索している。2025年までには生産工程を脱炭素化するという目標を掲げ、現在は化石燃料で加熱している蒸溜工程を環境にやさしいバイオ燃料に置き換えようと新しい燃料の開発に着手している。将来的にはグリーンな水素エネルギーが現在の熱源に置き換へるべく、実現可能性を探っているところだ。

アードナホー蒸溜所のポール・グラハム(ビジターセンター運営部長)によると、アードナホーでも水素エネルギーの利用が検討されている。それだけでなく、アイラ島とジュラ島の間で潮流を利用した発電プロジェクトも議論されているという。アイラ島の北西部にある風力タービンの利用も視野に入った。創意工夫の機会には事欠かないようだ。
 

サステナブルなアイデアで競い合う

 
アードベッグ蒸溜所でも、サステナビリティ分野の議論が進んでいる。ビジターセンター運営部長のジャッキー・トムソンが、現在の取り組みについて教えてくれた。

「バイオマスボイラーや電気ボイラーを熱源に使い、蒸溜棟の温水システムで水の使用量を削減しています。夏場の冷却水も使用量を減らすため、糖化棟にも冷却装置を設置しました。温水システムを使って糖化槽を予熱するプレヒートシステムを取り付け、熱効率を上げながらディーゼルの燃焼量も減らしています」

新参の蒸溜所には、サステナビリティ対策が最初から組み込まれているという利点がある。ポートエレン郊外にエリクサー・ディスティラーズが建設中のポートナーチュラン蒸溜所では、この夏の終わりまでに発酵槽、蒸溜器、糖化槽が設置される予定だ。完成予定は2024年末で、最終的にはフェノール値、穀物原料、酵母、発酵や蒸溜の時間がそれぞれ異なる4種類のウイスキーを生産する予定だという。

増産への投資を進めながら、サステナブルな製造工程もしっかりと盛り込むアードベッグ蒸溜所。各蒸留所が、資源に限りがある離島ならではの工夫で競い合っている。

それぞれのウイスキーづくりで実験的な段階を経ていくことから、具体的にどんなウイスキーに仕上がるのかは数年先のお楽しみになる。だが現時点で画期的なことといえば、エリクサーが蒸溜所の設計に盛り込んだサステナブルな仕組みだ。かつてはラガヴーリン蒸溜所長も務めたポートナーチュランのジョージー・クロフォード蒸溜所長が次のように説明している。

「サステナビリティを推進する2大領域は、水の消費とエネルギーの消費を抑えること。ポートナーチュランに建設される熱還元のループでは、コンデンサーの冷却で生成された温水が製麦工場で大麦を乾燥させる窯の熱源にも使用されます」

冷却された温水は、再び蒸溜棟に戻ってくる。これは最大限の水がリサイクルされ、再利用されるシステムなのだとクロフォード蒸溜所長は言う。

「水は循環し、排水されることなく再利用されます。自然環境から取水するのは、糖化槽から発酵槽へと流れる水だけ。循環システム内の水が、蒸溜棟と製麦場の間を行き来する仕組みです。またポートナーチュランの直火式スチルには、熱源としてバイオディーゼルを使用しようします」

ディアジオ社のユアン・ガン(グローバルブランドアンバサダー)によると、ラガヴーリン蒸溜所のサステナビリティへの取り組みは、主に地元の野生生物の保護に向けられている。具体的には、ミツバチ、鳥、ハリネズミ、虫の巣箱を設置する活動だ。

またラガヴーリン蒸溜所は王立鳥類保護協会(RSPB)とのパートナーシップを通じて泥炭地の保護も主導しており、島内にある約700エーカーの泥炭地の回復と保護に取り組んでいる。またラガヴーリンでは、蒸溜工程に革新的な海水冷却システムを採用することで淡水資源の保護につなげている。
 

新時代のコラボレーション

 
各蒸溜所の操業スタイルについて説明してきたが、今後のアイラ島からは実際にどんな製品が世界へ送り届けられているのだろうか。その種類は極めて多彩になりつつある。

アイラ島の神秘的な雰囲気は、世界中からあらゆる分野のクリエイティブな人々を惹きつけてやまない。さまざまな著名人が歴史あるブランドと手を組み、興味深いパーソナルな新製品を生み出している。

人気俳優でコメディアンのニック・オファーマンは、NBCのホームコメディ『パークス・アンド・レクリエーション』に出演していた頃からラガヴーリンを愛飲していた。コラボ製品のシリーズは大成功を収め、昨年秋に第3弾が登場している。

クリエイターやセレブリティとのコラボもあれば、地元農家とのコラボもある。地元産の原料にこだわるブルックラディは、農家との提携を通してウイスキーのテロワールを追求し続けている。

今年6月、ラフロイグは高名なアルゼンチン人シェフのフランシス・モールマンとのコラボで限定品のスコッチウイスキーを発売した。バリー・マカッファー蒸溜所長は、この企画について次のように説明している。

「白のマデイラ樽で仕上げられた17年熟成のウイスキー。紛れもないラフロイグの特徴であるスモーク香があり、モールマンの素朴な料理スタイルを盛り立てる刺激的なアロマと風味を体現しています。フランシスとの先駆的なパートナーシップの真髄を表現した味わいです。パッケージには、アイラ島で過ごした時にフランシスが描いたスケッチもあしらっています。コールドスモーキングという手法で、他にはないユニークなウイスキーが生み出されました」

ボウモアがリリースするウイスキーには、ムーンショットのような高揚した感性がある。「フランク・クワイトリー・シリーズ」の最新作は、グラフィックアーティストとして知られるフランク・クワイトリーとマスター・ブレンダーのロン・ウェルシュがコラボしたウイスキー。酒齢22年と33年熟成の長期熟成モルト原酒をブレンドしている。

またボウモアとアストンマーティンとのコラボレーションでは、52年熟成のウイスキー「2022 ARC-52」を発売。アストンマーティンのカーデザイナーが考案したエアロダイナミックデキャンタに入った逸品である。

ブルックラディでは、ヘッドディスティラーのアダム・ハネットがウイスキーづくりの限界に挑戦している。少量生産の実験的コレクション「ブルックラディ・プロジェクト・シリーズ」で、その革新的な姿勢はさらに研ぎ澄まされているようだ。「ターナリープロジェクト」「バイオダイナミックプロジェクト」に続いて、最新リリースの「リジェネレーション・プロジェクト」がシリーズに加わった。

この新シリーズはアイラ島産のライ麦を使用したウイスキーで、軽やかな飲み口ながら豊かな風味と独創性を楽しめる。この企画を実現させたブルックラディのパートナーは、地元の農家の人々だ。新しいコラボは、アイラに住む新しいヒーローたちにも光を当てている。