北スペイサイド地方に焦点を絞った今年の「1週間だけのウイスキー旅行」シリーズ。第4回はエルギンの町の中心へと向かい、グレンマレイ蒸溜所を訪ねよう。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

グレンマレイ蒸溜所の所在地は、もともとエルギンの町の外側にあり、そばには刑場の絞首台が並んでいるような場所だった。だが今では町の発展に飲み込まれ、中心地から徒歩10分ほどの場所で住宅地に囲まれている。

正午過ぎに到着すると、蒸溜所のカフェは多くの人々で賑わっていた。グレンマレイのビジターセンター長とグローバルブランドアンバサダーを兼任するイアン・アランが説明する。

「ウイスキー観光の訪問客ではなく、みんな地元の人ですよ。ここでコーヒーを飲みながら、おしゃべりを楽しんでいるんです。おかげさまで、蒸溜所はすっかり地域の人々の生活の一部にもなっています」

グレンマレイの歴史を遡れば、1820年代に設立された農場にたどり着く。1860年代になると、その農場がビール醸造所に建て替えられた。水と動力は、流れの速いロッシー川から十分に得られた。そして19世紀末のウイスキーブームが到来すると、ビール醸造所は蒸溜所に改築される。ウイスキーづくりの歴史を、イアン・アランが説明してくれた。

生産力拡大に際して、屋外に置かれた発酵槽。通常のウォッシュバックとはかなりイメージが異なる。

「最初のスピリッツが蒸溜されたのは1897年9月13日。でも他の多くの蒸溜所と同様に、グレンマレイも20世紀初頭のウイスキー不況で苦しみました。1910年に閉鎖された後、グレンモーレンジィ蒸溜所を所有するマクドナルド&ミュアに買収される1923年まで再開できなかったのです」

時は流れて21世紀。2004年に、グレンモーレンジィ・カンパニーはフランスの高級ブランドグループであるLVMHに買収された。だがグレンマレイは、LVMHのポートフォリオに不適格であると判断されてしまう。なぜなら当時のグレンモーレンジィ・カンパニーはグレンマレイを「格安モルト」に位置づけており、スーパーマーケットでブレンデッドウイスキー並みの安さでシングルモルト商品を販売していたからだ。この販売方針のせいで、グレンマレイのイメージは傷ついた。

「LVMHは2008年にグレンマレイをフランスのラ・マルティニケーズに売却しました。当時のラ・マルティニケーズはモルトウイスキー蒸溜所を所有していませんでしたが、ブレンデッドウイスキー世界第9位の『ラベル5』で知られています。だから、誰もがこう考えました。グレンマレイ蒸溜所を買収したのはブレンデッド用のモルト原酒を調達するためで、グレンマレイはシングルモルト市場から消え去ってしまうだろうと」

だが幸いなことに、ラ・マルティニケーズには別の計画があった。グレンマレイのブランドイメージを高めるべく、買収後2回にわたって大規模な拡張工事をおこなったのだ。

「最初の拡張工事は2012年。生産量が純アルコール換算で年間220万Lから330万Lに増えました。使えるスペースはこの工事であらかた使ってしまったので、2017年に再び拡張工事をしたときには新しい建物を建設しました。この2回目の工事によって、純アルコール換算で年間600万Lのスピリッツが生産可能になります。そして2019年から24時間の無休体制にしたことで、初めて年間600万Lの大台を達成することができたのです」

 

新旧の設備を折衷した合理的な生産拠点

 

現在の蒸溜所は、新旧の設備が入り混じった面白い光景だ。昔ながらの設備もあれば、改修された設備や完全に新しい設備もある。普通の常識からは逸脱した発想も多く、数多くの蒸溜所を訪ねたウイスキーマニアでも十分に楽しめるユニークな工夫にあふれている。イアン・アランは「変わり種という点では、他の追随を許しませんからね」と冗談めかして言う。

最初に案内されたモルト貯蔵庫は、古い設備の代表だ。グレンマレイは1978年まで自前の製麦をおこなっていたため、もともとモルトビンの収容力も十分だった。そのため2回にわたる拡張工事でも、新しいモルトビンを追加する必要はなかったのである。現在ここにはモルトビンが12槽あるが、そのうち8槽しか使用されていない。訪問時には、ノンピートのコンチェルト種を原料にしていた。通常なら年間に2週間のみヘビリーピーテッド(50ppm)のモルト(大半がブレンド用)による仕込み期間があるが、2019年にはピーテッドモルトのスピリッツを蒸溜しなかったのだという。

ポーテウス社製のミルは4ロール式で、これもまた昔ながらの設備である。イアン・アランが、粉砕から糖化に至る工程について説明する。

「糖化は1日に4回。1回あたり11トンの大麦モルトを使うので、1日の粉砕量は44トンという計算になります。粉砕の所要時間は、1バッチあたり約4時間半。糖化は約5時間で、お湯はロッシー川の水を使います」

お湯の投入は、一般的な3回だ。1回目が64°Cで40,000L 。2回目が75°Cで20,000L。この2回で約55,000Lの麦汁が得られる。3回目のお湯は85°Cで40,000Lが投入され、そのまま次のバッチの1回目になる。

糖化はすべて糖化槽(マッシュタン)第1号でおこなわれるが、2015年12月まで使われていた古い糖化槽第2号も引退はしていない。必要が生じたときには使用できる状態にあるのだとイアン・アランは言う。

「さらに増産が必要になったときにも対応できるよう、将来を見越して蒸溜所を設計しています。2層の糖化槽を使用すれば、純アルコール換算で年間で300万Lの増産も可能。つまりその気になれば、年間900万Lという生産量も見込んで設計されているです」

初溜釜に付設された再沸器で、蒸溜時の熱とエネルギーを糖化工程にも利用する。珍しいアプローチだが、年間で約40%もの省エネを実現する合理的な設計だ。

通常の蒸溜所なら、発酵槽の場所は糖化槽に近接している。糖化の次は発酵だから当然だ。だがグレンマレイは違う。2016年に製麦所を解体して新設された生産エリアでは、新しい糖化槽第1号が3基の初溜釜と同じ部屋にある。

「一見すると奇妙な構造に思えるでしょう。でもこの変則的な配置には、ちゃんと理由があるのです」

イアン・アランが説明する。初溜釜にはいわゆる再沸器(リボイラー)と呼ばれる熱交換器が付設されていて、蒸溜時の熱とエネルギーを糖化工程でも利用できるのだ。これによって、年間で約40%ものエネルギー消費が節約できるのだという。

それでは、本来ここにあるはずの発酵槽はどこにあるのだろう?

「以前は屋内に4槽の発酵槽がありましたが、いつも発酵が工程上のネックになっていたんです。そこで2012年に6層の新しい発酵槽を屋外に設置しました。2016年には2回めの拡張工事でさらに8槽の発酵槽を屋外に追加して、屋内にあった4槽の発酵槽は引退させました。そのときに44時間だった発酵時間を65時間に延ばし、スピリッツにリッチな風味も加えています」

発酵槽は外部と絶縁されているものの、温度を調整する機能はない。発酵に最適な温度は18°Cなので、夏には18°Cにまで冷やした麦汁をポンプで送る。冬は外気との差を考慮して22°Cで送られる。

屋内の古い発酵槽は廃棄されていない。お湯を溜めておく容器や、初溜液(ローワイン)を一時的に溜めておく容器に改造されている。生産工程で問題が発生したり、メンテナンスなどによって一時休止が必要になったときは、3日分の初溜液をこの容器に溜めておくことができる。再溜の直前に、3日間の猶予が許容されるのである。

その再溜釜は、すべて同じ部屋に収められている。コンデンサーがあるのは屋外だ。目ざといビジターなら、再溜釜のサイズや形状がまちまちで、一部にはのぞき窓が付いていることに気づくだろう(のぞき窓は主に初溜釜用の設備であり、再溜釜に付いているのは珍しい)。

「2017年までは、ここが蒸溜棟でした。初溜釜と再溜釜が3基ずつ置かれていたのです。その蒸溜釜は、現在すべて再溜釜として使用されています。蒸溜はヘッドが30分、ハートが2時間半(アルコール度数で74〜64%)、残りがテールという配分です。興味深いことに、ハートの2時間半でスピリッツの特性も変化します。全体としてはフルーティーですが、かなりオイリーな面も持ち合わせた万能なスピリッツ。少ない熟成年でもバランスがとれ、さまざまな樽で長期熟成しても個性が際立ちます」
 

バーボン樽を主体にさまざまな後熟も併用

 

ハートで取り出すスピリッツは、アルコール度数が平均で69%。これを63.5%になるまで加水してから樽詰めする。スピリッツの約3分の2はブレンデッドウイスキー用で、残りの3分の1がグレンマレイのシングルモルトになる。ブレンデッド用もシングルモルト用も、原酒はすべて蒸溜所内で熟成される。

「約80%のニューメイクスピリッツは、バーボン樽に詰めています。残りはさまざまなタイプと大きさの樽に入れて、原酒のバリエーションを増やします」

グレンマレイは、ワイン樽フィニッシュを採用した先駆的な蒸溜所のひとつである。ワイン樽フィニッシュは、グレンモーレンジィ・カンパニーの傘下だった1999年に始まった。実験的な意味合いが強かったが、当時のオーナーにはこのような実験の成果を商品化する方法もなかったのだという。

「ラ・マルティニケーズの傘下に入ってからも実験を継続しました。以前と違うのは、変わり種の原酒を商品化できるルートがあること。現在では幅広いウイスキーが販売されており、グレンマレイのコアレンジだけでも15種類があります」

グレンマレイのビジターセンター長とグローバルブランドアンバサダーを兼任するイアン・アラン。ユニークなブランドの歴史を説明してくれた。

蒸溜所の敷地内には、10棟の貯蔵庫がある。ダンネージ式とパレット式の両方で、新しい貯蔵庫を2棟(各27,000本の樽を収容)も建築中だ。蒸溜所内では現在約130,000本の樽が原酒を熟成している。

ビジターセンターに戻ると、イアン・アランがウイスキーボトルを用意してくれた。コアレンジでさえ種類が豊富なので、テイスティングの対象は厳選しなければならない。

「まずはフラッグシップボトルの『グレンマレイ12年』をどうぞ。まさにスペイサイドを体現したような味わいで、グレンマレイ蒸溜所の典型的な特性を表現しています。中身はバーボンバレルの熟成原酒ですが、ファーストフィル、セカンドフィル、サードフィルがそれぞれ6:3:1という比率でヴァッティングされています」

定番品の次は、2019年8月に発売された新商品「グレンマレイ21年」も味わってみる。

「バーボン樽で19年熟成し、その後2年間にわたってポート樽でフィニッシュしました。実は親会社が世界最大のポート生産者なので、ポート樽は原産地から直接取り寄せられる有利な環境にあるんです」

何種類か素晴らしいウイスキーをいただいた後で、壁にはめ込んだ3本の樽に気がついた。イアン・アランが説明する。

「2007年から、ビジターセンターで始めた新しい試みです。ビジターの方々が、自分の手で樽からボトリングできるサービス。せっかく蒸溜所に来たのだから、何か特別なものを持ち帰っていただきたいという願いから始まりました。最初は樽1本でスタートして、現在は常に3本をご用意しています。熟成年の若いウイスキー、長期熟成のウイスキー、それにピートの効いたウイスキーがあるので、お好みや予算に応じてお選びいただけます」

ピートの効いた原酒は、グレンマレイの中でも比較的新しい原酒だ。ピーテッドモルトを原料にしたスピリッツを蒸溜し始めたのは、2010年以降のことである。今回は2014年からワイン樽で熟成されているピーテットモルト原酒を味わった。他には2008年のノンピートモルトをライウイスキーの樽で熟成した若い原酒と、2001年のノンピートモルトをセカンドフィルのオロロソシェリー樽で熟成した長期熟成原酒がある。

ウイスキーの旅は、行く先々でさまざまな掘り出し物が予想される。だから欲張りな旅行者は、荷物の空きスペースにも常に気を配っておかなければならない。北スペイサイドの冒険はまだまだ続く。
(つづく)