20世紀のスコッチ広告(2) 禁酒運動と大戦のはざまで

June 2, 2017


ユニークな広告戦略で市場を開拓するスコッチ業界に、次々と難題が降りかかる。禁酒運動に抵抗し、戦時にも活路を見出した激動の20世紀を、古いウイスキー広告から振り返ってみよう。

文:マーク・ニュートン

 

ウイスキー業界の歴史を振り返ってみると、安定した平穏な時代などほとんどなかった。特に厳しかったのは第1次世界大戦中である。英国内の禁酒運動によって、大衆の飲酒に対する考え方が変わり始めた。それに加え、戦中と戦後の増税によって英国のウイスキー消費量は減少の一途。さらに1919年の禁酒法で、戦前から重要な輸出先であった米国までが禁酒国になってしまった。

だがウイスキー業界も、おとなしく引き下がった訳ではない。ウイスキー広告のパイオニアであるトミー・デュワーが新聞記事の演台に立ち、「プッシーフッター」と呼ばれる禁酒活動家たちや禁酒法そのものをさまざまな形で糾弾した。彼はこれが階級闘争であると宣言し、劣悪な密造酒による健康被害について取り上げた。病院に送られた何百人もの人々に対する、禁酒活動家たちの責任を問う論陣を張ったのである。

広告に登場するのは決まって男性で、中産階級以上の裕福なライフスタイルを想起させるものが多かった。当時のクローフォードの広告にも、そんな雰囲気が見て取れる。

他の広告主たちも、白い目で見られつつあるウイスキーのイメージを何とかして変えようと試みた。ウイスキーを売り続けるためには、消費者の目先を変えなければならない。そこで禁酒法が施行された米国でも、医師の処方でかんたんにウイスキーが入手可能であることに目をつけた。医師たちの権威を借りながら、禁酒運動に抵抗することにしたのである。

医療界の専門家たちは、アルコールの使用を容認している。分別をわきまえて摂取すれば、ウイスキーには健康上の恩恵もあるという。サンディマクドナルドは、みずからを「安全なウイスキー」であると訴えた。その安全性は医者のお墨付きであるという主張である。この時期でも好調な売り上げを誇っていたホワイトホースは、文字がぎっしりの広告内で「太平洋の両岸で医師が推薦する強心薬」であると謳っている。キングウィリアムIVは、品質をアピールする作戦に出た。「量を少なめに、じっくりと味わおう」というメッセージは、現代でも通用しような内容である。

 

大恐慌時代の楽観主義

 

白黒のテリアのイラストレーションをブランドイメージに採用したブラック&ホワイト。この路線はアメリカで大ヒットした。

第1次世界大戦が終わると、不安定な経済や社会状況をよそに、ウイスキー市場は成長を続けてブランドの数も増える。1929年にウォール街で株の大暴落が起こり、次いで1933年に禁酒法が廃止されると、ウイスキーメーカーは再び利益を上げ始めた。一般に、1930年代は恐慌と苦難の時期だと考えられている。しかしようやく訪れた平和を謳歌しようと、人々はくつろぎの時間を求めるようになっていたのだ。

ウイスキーメーカー各社は、前向きなイメージとウイスキーを結びつける路線に打って出た。「ウイスキーを飲んでいるあなたは、一人前の男である」といったメッセージである。ブキャナンのブレンデッドウイスキー「ブラック&ホワイト」は、長らく中産階級以上の娯楽として親しまれてきた狩猟のイメージを利用した。ブランドのモチーフに犬を採用し、1937年には白黒のテリアをシンボルに。メイベル・ギアやモーガン・デニスらの画家が描いた新しいイメージは、特に米国で大人気を博した。スローガンも明確なメッセージを帯び、ブラック&ホワイトは「確固たるスコッチ」を前面に押し出した。

スコッチ広告の先駆者であるデュワーズは、巨額の広告費で業界をリードし続けた。第1次世界大戦後は、ジェフリー・スクワイアによる数々のイラストレーションを採用。彼が描くモチーフは中産階級や上流階級のライフスタイルが中心で、映画、テニス、フィッシングなどを題材にした。
 

広告王のデュワーズは、競馬場のバーを舞台にしたホワイトラベルの広告を打ち出した。いわく「デュワーズはギャンブルにあらず。その確かな品質は裏切らない

時代を考えると当然のことだが、当時のウイスキー広告はほとんどが男性のみを対象にしている。父と子、戦時の兵士、夫。テニスなら男子ダブルス。女性が登場しても、それは家事をしているシーンなどに限られた。この傾向は、第2次世界大戦以降もしばらく続くことになる。

1936年、デュワーズは英国の新聞史上初のカラー広告を掲載した。デイリーレコード紙に印刷された「ホワイトラベル」のボトルイメージである。相変わらずデュワーズは「先祖伝来のウイスキー」のキャンペーンを継続していた。これはウイスキーの歴史において、もっとも長期間にわたって実施されたキャンペーンである。第1次世界大戦の前にも、「このキャンペーンへの問い合わせ数は、他のすべてのキャンペーンへの問い合わせ数の合計を上回っている」とトミー・デュワーは語っている。スコットランド特有のイメージは、世界中のウイスキー愛好家の心をしっかりと掴んでいた。

シリーズの基礎をなすアートワーク「先祖伝来のスピリット」はセプティマス・スコットの絵画によって刷新され、灰皿、トランプ、楽器屋の店頭ディスプレイなどに幅広く使用された。これに加えて、特に米国では第3インディアナ騎兵隊やブラックウォッチ(ロイヤル・ハイランド連隊)などスコットランド人の連隊にフォーカスした別のキャンペーンや、デュワーズが獲得した数々の国際賞を称えるキャンペーンもおこなわれた。

 

多様化する広告戦略、そして2度めの大戦

 

ジョニーウォーカーは定番の「ストライディングマン」に加え、サッカーのビッグマッチなどにあわせた広告も打ちはじめた。上流階級のイメージから離れ、庶民の関心にフォーカスした新しい流れである。

ティーチャーズは1930年代当時に可能だったいくつもの広告手法を採用した。アルコール飲料の宣伝に未成年の子供を使うのは、現代なら違法となりそうなところだが、「ライト・スピリット・ボーイズ」という2人組の男子をさまざまなシーンで登場させるシリーズを打ち出している。たとえば学校の教師にウイスキーのケースを手渡したり、空きボトルをウィケットに見立ててクリケットに興じたりといった具合だ。

ティーチャーズは英国全土のパブで使用される水差しのシリーズを製造し、その先10年余りにわたって存在感を示す作戦にも出た。「ライト・スピリット・ボーイズ」を描いた金属製のトレイもあった。「ライト・スピリット・ボーイズ」は、ウォルター・スコットやグラッドストンなどのキャラクターと並んでティーチャーズのブランド名が記された吸い取り紙にも描かれていた。まだプッシュ式電話が登場する前の必需品である。

ジョニーウォーカーは堅実に「ストライディングマン」のイラストを軸にした広告を展開していた。だが1930年代には、写真の合成を使用してクリケットやサッカーなどのビッグイベントにあわせた広告を打ち出しはじめる。この大衆的な関心へのアプローチは、他のブランドが裕福な上流階級の娯楽にターゲットを合わせていたのと対照的な路線であり、ウイスキー業界全体が徐々に市場細分化へ向かっていく流れを示している。

現代のマーケティングで「B2B」と呼ばれる流通や貿易を意識した企業向け広告も、当時から活発におこなわれていた。1931年のF・ウィルソンによるザ・ フェイマス・グラウス用のスケッチには、ブランド担当者が貿易関係者に5ガロンのカスクを18ポンドで販売する様子が描かれている。1930年代の他の広告では、ザ・ フェイマス・グラウスはまだ旧名の「グローグズ・グラウス」と呼ばれており、当時のエレガントな美意識も表現されている。他のブランドと同様に、上流階級の趣味である狩猟のシーンをたびたびブランドイメージに採用している。

第2次世界大戦に至るまでの間、英国政府とウイスキーの業界団体は数々の交渉をおこなった。1925年には貿易団体であるディスティラーズ・カンパニー・リミテッド(DCL)がジョン・ウォーカー&サンとブキャナン=デュワーに合流。これによって、政府と業界を結ぶ公式なチャンネルが強化された。このような関係の変化によって、以前のような政策批判の広告はほとんど見られなくなった。

当時は「グローグズ・グラウス」と呼ばれたザ・ フェイマス・グラウス。上流階級の男たちが好んだ狩猟の交流シーンをたびたび表現している。

第2次世界大戦の当事国となった英国では、スコッチウイスキー業界も戦火のあおりを受けた。1939年には、稼働する蒸溜所の数が92軒にまで減少。だがその一方で、米国への輸出が増えたことからウイスキーが英国の代表的な外貨獲得手段となった。そのため、国外での広告は以前と同様に続けられた。平時との違いは、これもまた容易に想像できることであるが、愛国心を掻き立てるイメージである。特にスコットランド連隊などの軍隊や兵士のテーマが一貫して前面に出るようになった。

英国で原料費が高騰すると、ウイスキーは贅沢品とみなされて1943〜1944年には完全に生産中止となる。それでもスコッチはなんとか戦争を切り抜けた。業界も大揺れだったが、マーケティングは政治や戦時立法と一線を画していた。スコッチ広告は先の大戦後の余波をそのまま受け継いで、前向きなライフスタイルを表現していた。ウイスキーは、残酷な現実から目をそらして家庭でくつろぎを得るための手段だったのである。

 
シリーズ最終回となる第3話では、戦後の広告とシングルモルトウイスキーの台頭に焦点を当てる。

 

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