ウイスキーづくりに理想的なローゼン種が、関係者たちの連携で復活を遂げた。農産物としてのウイスキーづくりは、さまざまな人々の夢と努力によって支えられている。

文:マギー・キンバール

フランク・スプラッグ博士(ミシガン農業大学)が1921年に執筆した報告書の中では、ローゼン種が初期の流通段階で「他の一般品種と一緒に植えられたことで血統が失われた」と記されている。

ライ麦は多くの穀物と同様に開放受粉なので、受粉が旺盛な傾向がある。つまり異なる品種を密植するたびに交雑が起こり、血統書付き品種の特性が薄められていくのだ。このような交雑を避け、それぞれの品種の遺伝的構成を維持するためには、血統書付きのライ麦を他品種から10〜20kmほど離れた場所に植える必要があるのだという。

ミシガン州では何十年にもわたってローゼンライを栽培してきたのは、ミシガン湖岸に浮かぶサウスマニトゥー島のハツラー家とベック家だ。この島に住む農家は、ローゼン種の純度と品質が高く評価されたことがある。他の品種のライ麦を栽培せず、交雑のリスクを負わないという誓約までしていた。

ローラ・フィールズ(デラウェア・バレー・フィールズ財団創設者)の執念が実り、ついに他のライ麦畑から隔離された環境で幻の品種が復活した。

受粉から収穫までを一貫しておこなう農家がほとんどいなくなったため、ローゼン種のライ麦を交雑なしで栽培することも以前よりは容易になった。現在、米国で栽培されているライ麦の大半は、越冬用の被覆作物として栽培されている。春になると、より収益性の高い作物に植え替えられるのだ。

デラウェア・バレー・フィールズ財団創設者のローラ・フィールズは、ディック・ストール(ストール&ウォルフ蒸溜所創業者)の希望を実現するためにローゼン種のライ麦を探し始めていた。シアトルでパン用に栽培しようとしている人を見つけるなど、調査は全米に及んだ。

しかしさまざまな手がかりは、いずれも空振りだった。結局は米国農務省(USDA)の種子バンクから数パックを調達して、なんとか試験栽培の開始にこぎ着ける。そんな折に、穀物栽培の専門家であるグレッグ・ロス(ペンシルベニア州立大学教授)が同じローゼン種を温室栽培していることを知ったのだという。フィールズは振り返る。

「すぐ電話をかけて、どんな研究なのか尋ねてみました。グレッグは『ただの実験さ』との答え。とりあえず会いに行ったら、グレッグがローゼン種のライ麦を見せながら、これで研究は終わりだと言うんです。理由を尋ねたら、研究を続ける資金がないから。必要な金額を聞き出して、その場で小切手を切りました」

産学共同のプロジェクトで、ローゼン種のライ麦が収穫に至った。このライ麦で半世紀ぶりにウイスキーをつくったディック・ストールは、すでに故人となっている。

この提携によって、グレッグ・ロス教授は2016年から本格的にローゼン種のライ麦を栽培し始めた。「毎年増殖して、交雑がないように隔離栽培していることも確認済みです」とフィールズは語る。

さまざまな経緯の末、やっとローゼン種原料のライ麦ウイスキーが2019年にペンシルベニア州リティッツのストール&ウォルフで蒸溜された。ローゼン種が使用されたのは、米国では1970年以来のことになる。共同創業者のエリック・ウォルフが当時を振り返る。

「ディックが再びローゼン種のライ麦を蒸溜できたのは素晴らしい出来事でした。 尊敬すべき師匠の伝統を継承するのに、プレッシャーも感じていたことでしょう。そんなディックをがっかりさせないよう、私も細部まで気を配りました。フラスコに入れたサンプルを手渡し、ディックがにっこりと笑うのを見て安堵したものです。あの笑顔は一生忘れません」

ローゼン種のライウイスキーづくりは、ディックの最後の大仕事になったのだとウォルフは言う。

「残された時間が短いことは、ディック本人がいちばん意識していたと思います。ディック亡き後も、まだまだ学びは続いています。でもこの学びに、もうプレッシャーはありません。ディックは偉大な指導者であり、そのような人から学べたのは本当に光栄なことでした」
 

ついに復活したローゼン種のライウイスキー

 
ローゼン種のライウイスキーは、このようにして復活した。だが同じ夢を実現したウイスキーメーカーは、ストール&ウォルフの他にもいる。

ミシガン州トラバースシティにあるマンモス蒸溜所でウイスキーメーカーを務めるアリ・サスマンは、ミシガン州とローゼン種のつながりを独自に突き止めた。そして雇用主に協力して米国農務省の種子バンクからローゼン種子を入手し、再び同州で栽培を開始させたのだ。

ミシガン州立大学やサウスマニトゥー島を所有する国立公園局と協力し、2020年10月にサウスマニトゥー島のハツラー農場で70年ぶりにミシガン産のローゼン種が植えられた。

アメリカンウイスキーのルーツともいえるライウイスキー。ローゼン種の復活は、小規模メーカーに勇気を与えてくれる出来事だ。

それよりさらに前から、ペンシルベニア州でローゼン種の栽培に着手していた農家とスピリッツメーカーもいる。そのメーカーが、リバティ・ポール・スピリッツだ。同社は2020年からスモールバッチの「ローゼンライウイスキー」を生産している。共同設立者のジム・ハフがいきさつを振り返る。

「2020年10月に、発酵槽1槽分のローゼン種ライ麦を受け取りました。私たちは通常1週間あたり3バッチのいうペースでスピリッツを生産しています。発酵槽3槽に麦汁を入れ、翌週にはもろみを取り出して2回蒸溜します」

だが入手できたローゼン種は発酵槽1槽分。この原料から、樽1本分のスピリッツを得られたのだという。

「ローゼン種のライ麦からつくったスピリッツは、2020年の10月に53ガロン樽に詰められました。そろそろ熟成期間は2年半になります。翌年からはローゼン種の栽培量が増えて、さらにまとまった量が入手できるようになりました。実際に、1週間分の生産ができるほどの量が手に入っています。今度は発酵槽3槽をすべて満たし、熟成樽にして約4.5本分を貯蔵中です」

ジム・ハフがつくったローゼン種のライウイスキーは、通常のライウイスキーと同じマッシュビル(未製麦のライ麦61%、ライ麦モルト13%、小麦13%、大麦モルト13%)を使用している。このライウイスキーは、ペンシルベニア州の伝統的な地域スタイルである「モモンガへラ」のスタイルだ。モモンガヘラ川にちなんで名付けられた伝統のライウイスキーである。

ローゼン種のライ麦は、2016年から再び米国でウイスキー用に栽培されるようになっている。米国農務省(USDA)の種子バンクから入手できる少量の種子で栽培を始めるプロセスは骨の折れるものだ。少量のウイスキーを蒸溜するのに十分な量を得るには、少なくとも4年はかかるとされている。

だが関係者の努力によって、生産拡大は軌道に乗り始めた。今後5年から10年の間に、この風味豊かで歴史ある穀物から作られたウイスキーが次々と発売される。消費者はアメリカ伝統の味わいを再び楽しめるようになるだろう。