開業直前レポート(3):静岡蒸溜所【後半/全2回】

August 19, 2016


2016年秋に開業予定の静岡蒸溜所は、着々とウイスキーづくりの準備を整えている。待ちきれないウイスキーファンのために、その横顔を紹介しよう。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

静岡蒸溜所は、安倍川支流の岸辺に広がる20,000m²の土地に建っている。周囲には小さな茶畑があり、美しい森を抱いた山々にはサル、シカ、イノシシなどの野生動物が棲む。気候は年間を通してとても穏やかだ。真冬でも冷え込みは厳しくなく、気温が0度を下回ることは稀だという。

メインの蒸溜棟は、独創的な建築デザインで建てられる。軽井沢蒸溜所のように、モルトの粉砕から樽詰めまでが、それぞれ別の部屋ではあるが一つ屋根の下でおこなわれるスタイルだ。空気の循環は、建物内にあるさまざまなシャッターを開閉することで調整できる。さらに考えぬかれた設計を感じさせるのは、蒸溜所の建物内のさまざまな場所から周囲の風景が見渡せることだ。

そして日本のウイスキー蒸溜所にあってもっとも印象的でユニークなのは、「ビジター体験」が蒸溜所のデザインに統合されているという事実である。訪問者が建物の中を歩いてウイスキーづくりのさまざまな工程を見学する際に、作業の邪魔になることがないように導線を工夫している。

グリーンのデストーナーに、オレンジ色のグリストビン。さまざまな設備が並ぶ粉砕室の中はカラフルだ。

蒸溜所ツアーには、非常に面白いビジター体験が待っている。だが今の時点ではまだ秘密にしておくことにしよう。個人的には一般のファンを対象にした日本の蒸溜所ツアーで、もっとも魅力的なビジター体験になるだろうと予想している。このような視点をあらかじめ蒸溜所建設に組み込んだ中村氏とウエストコースト社は賞賛に値する。

原料の大麦モルトは清水港から運ばれてくる。あの白州蒸溜所も使用している港だ。生産されるウイスキーの大半はノンピーテッドで、1年のうちごく短い期間がピーテッドモルトからのウイスキーづくりに充てられる。準備が整い次第、中村氏は地元産の大麦モルトでもウイスキーをつくりたいと模索している。

蒸溜所に到着した大麦モルトは、建物裏手の粉砕室にある2つのサイロに保存される。粉砕室の眺めはとてもカラフルだ。赤いポーティアス社製のモルトミルとグリーンのデストーナー(ともに軽井沢蒸溜所から移設されたもの)、そして真新しいオレンジ色のグリストビンが並んでいる。「グリーンは静岡茶のグリーンで、オレンジは静岡名産のミカンの色ですよ」と中村氏が冗談めかして説明する。

粉砕室の隣の部屋はマッシュタンがある。三宅製作所が製造した、容量1トンのラウタータンだ。ポットスチルの製造を依頼したスコットランドのフォーサイス社ではなく、国内のメーカーにこのマッシュタンを発注したことで、メンテナンスにも工夫が必要になる。

次の工程は発酵室でおこなわれる。この記事を執筆している時点で、すでに7,000Lの木製ウォッシュバックが4槽あった。材料はオレゴン松で、日本酒用の木桶づくりの経験が豊富な大阪の木工会社が製造と設置を担当したもの。計画では全部で12槽のウォッシュバックが導入され、そのほとんどが木製になるという。外壁の左右いっぱいを使った窓からは自然光がたっぷりと差し込み、周囲の美しい風景が室内からも見渡せる。ウォッシュバックがすべて揃い、ひとたび糖化液の発酵が始まれば、この部屋は五感を刺激する素敵な空間になることだろう。

全12槽のウォッシュバックは、ほとんどが木製になる予定。日本酒用の樽を多く手掛ける大阪の木工会社が製造している。

次なる現場は、蒸溜所の建物の前方を占める蒸溜室だ。蒸溜工程も自然の風景をバックにおこなわれる。現時点で、ここには軽井沢蒸溜所が最後に導入した1975年製のポットスチルがひとつあるのみ。16年もの間ほとんど使用されていなかったスチルだが、三宅製作所が再稼働の準備を請け負った。傍らに2つの小さな覗き窓が取り付けられ、加熱システムがスチームコイルからパーコレーターに変更されている。

フォーサイス社から新品のポットスチルが届くのは秋になる予定だ。新しいスチルは2基ともバルジ(ボイルボール)が付いたタイプである。ウォッシュスチル(5,000L)には水平のラインアームが付き、スピリッツスチル(3,500L)には下向きのラインアームが付く。軽井沢蒸溜所の古いスチルには水平のラインアームが付いている。2基の新しいスチルには、多管式(シェル&チューブ式)のコンデンサーが付くことになる。

 

異なったスチルの組み合わせで個性を磨く

 

ここで興味深いのは、中村氏が新しいウォッシュスチルを直火式に指定したことである。対をなすスピリットスチルの方は、スチームコイルで間接的に加熱される。直火式はスチルの底の銅板を厚くしなければならず、コスト増にもなるので、当初フォーサイス社は蒸気による間接式を勧めてきた。それでもなお中村氏は、直火式にする価値があると判断した。ウォッシュスチルを直火で加熱することで、面白い付加価値が加わることを重視したのだ。

事実上、静岡蒸溜所は2基のウォッシュスチルが選べることになる。ひとつは直火式、もうひとつは間接式だ。軽井沢のスチルは3,500Lであり、フォーサイス社のウォッシュスチル(5,000L)よりも小さい。そのため軽井沢のスチルを使うときは、ウォッシュを2つのバッチに分けなければならない。最初はこの古い軽井沢のスチルをウォッシュスチルとして使用し、新品のスピリットスチルと組み合わせる(どちらもスチーム加熱)。直火式の蒸溜にはある程度の訓練が必要となるため、新品のウォッシュスチルは準備が整った後で使用されることになる。

中村氏によると、静岡蒸溜所の基本的な方向性は「軽やかで繊細なスピリッツ」である。日本における他の新進クラフトディスティラリーは、秩父、津貫、厚岸とも重めのタイプを志向しているので、静岡蒸溜所が対照的なウイスキーを生産するのは歓迎すべきことである。さらに中村氏は、1,800Lのホルスタイン社製ハイブリッドスチルを秋に設置する予定だ。このスチルはブランデーやリキュールの蒸溜にも使用されるタイプであるが、スコットランドなどの新進蒸溜所がビジネスモデルに採用しているようなジンの生産はおこなわない。

蒸溜所の建物の背後には第1貯蔵庫がある。ダンネージ式で、約1,000樽のカスクが貯蔵できる広さだ。だが実際にここで貯蔵される樽の数は、1,000を下回るだろう。なぜならスペースの3分の1に軽井沢蒸溜所の古いスチルが保存展示されるからだ。

安倍川の支流が流れ、山々に囲まれた風光明媚な谷。繊細なウイスキーづくりに必要な環境は整っている。

この第1貯蔵庫には、熟成をより早めるようにさまざまな設計上の工夫がなされている。他の日本の蒸溜所に比べて寒暖の差が穏やかであるという条件を埋め合わせるための措置だ。この詳細についても、ウイスキーファンの皆様にはオープン後のお楽しみとさせていただきたい。中村氏によると、静岡蒸溜所のスピリッツの大半はバーボン樽に貯蔵される。繊細なキャラクターのスピリッツであることを考えれば、理にかなった選択だ。

静岡蒸溜所では、10月までにすべての設備が整う予定である。ウイスキーの生産は、製造免許が下り次第すぐに始まることになっている。現在のところ、工場で働くスタッフの数は10人程度。シフトは無休(3交代制)ではなく、2交代で生産される。

また中村氏には2003年に余市蒸溜所で「マイウイスキーづくり」に参加し、2013年6月にスプリングバンク蒸溜所で1週間の研修をおこなった経験があるため、同じようなプログラムを静岡蒸溜所でも始めたいと計画している。

東京や名古屋からもアクセスが至便。先見の明があるチームが、周囲の美しい環境を活かして蒸溜所を建築した。静岡蒸溜所のスチルにひとたび火がともれば、ハードコアなウイスキーファンにも、気軽な洋酒好きの人々にも、魅力的なアトラクションになることは間違いない。

 

 

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