百年に及ぶ固定観念を覆し、新進のメーカーが新しいフレーバーを次々に生み出している。アイルランドでは、スモーキー・ルネッサンスが進行中だ。

文:マーク・ジェニングス

 

クーリー蒸溜所の「カネマラ」を見事にヒットさせたジョン・ティーリングは、同じ幸運が再び繰り返されることを信じていた。その舞台はグレートノーザン蒸溜所である。自前の商品をリリースしなくても、ウイスキー市場で生まれたさまざまな新ブランドにウイスキーを供給する。どのように商品化されるのか定かではないが、ピーテッドモルトのスピリッツには大きな需要があるのだという。

ジョン・ティーリングの大成功は、彼の薫陶を受けた新世代のウイスキーメーカーたちも勇気づけた。クーリー蒸溜所で働いていた2人の息子(ジャック・ティーリングとスティーブン・ティーリング)は、2015年にティーリング・ウイスキー・カンパニーを設立。これまで培った経験をもとに、彼らは3回蒸溜のピーテッドモルト使用したシングルモルトウイスキー「ブラックピッツ」を発売したばかりだ。このウイスキーは同社が所有するダブリン蒸溜所でつくられ、やはりクーリー蒸溜所で働いた経験があるアレックス・チャスコの肝いりである。アイルランドでピートの効いたウイスキーがリリースされるのは、「カネマラ」以来初めてのことである。

すっきりとした風味で、アイリッシュウイスキーのイメージを確立したジェムソンの古い広告。「スモーク香のないウイスキーづくりは芸術」と明確なポジショニングを打ち出していた。

バーボン樽とソーテルヌ樽の熟成原酒をマリイングした3回蒸溜のスピリッツというだけで、「ブラックピッツ」はウイスキーファンたちの関心を呼んでいる。ウォッシュの時点で55ppmだったフェノール値(スモーク香の指標)は、3回蒸溜を経て15ppmにまで落ちる。それでもしっかりとしたキックは保ちながら、他のさまざまなフレーバーも引き立ててくれる。むせ返るようなスモーク香を味わえる訳でもないが、決して控えめなウイスキーではない。

「ブラックピッツ」は、アイルランドにおけるスモーキー・ルネッサンスの口火を切った。アイルランドのウイスキーメーカーたちと情報交換をすれば、ピートへの情熱を隠さない者たちがたくさんいる。そのような興味深い新商品の発売が、数年以内にたくさん予定されているのだ。

そんなフェノールマニアを公言する新進のディスティラーのひとりが、デービッド・ボイド=アームストロングである。

「ピートという要素は、ウイスキーにとって大きなテーマなんです。ガツンと個性的な特徴を表現するかと思えば、 他のフレーバーをまとめ上げる旨味のような効果もある。このような二面性が、コインの裏表をなしているところがピートの面白さです」

デービッドが創設したラデモンエステート蒸溜所は、ピートの効いたアイリッシュウイスキーをもう5年にわたって熟成中だ。アイルランドの新興蒸溜所では、もっとも完成に近づいている部類に入るだろう。デービッドが個人的にウイスキーづくりを志したきっかけは、ヘビリーピーテッドの「カネマラ ターフモア」をテイスティングしたことなのだという。その日から、あるスターの地で少しだけアイラっぽさを表現したウイスキーづくりに邁進している。

そしてデービッドは、アイルランドのウイスキー史における自身の立ち位置もしっかりと自覚しているようだ。

「アイリッシュウイスキーを再興するムーブメントは、これからが本番です。失われていた伝統を取り戻すことにも意義を感じていますよ」

ラデモンエステート蒸溜所は、2021年に「ショートクロス」ブランドで2回蒸溜のウイスキーを初めて発売する予定だ。

 

完全なアイルランド産への道のり

 

アイルランドのウイスキーメーカーは、アイルランド産の穀物原料を入手するためにいろいろと手を尽くしているようだ。現状はほとんどの原料をスコットランドからの輸入に頼っている。この慣習をなんとか変えたいとスティーブン・ティーリングは画策している。

「残念ながらウイスキーに使用できるアイルランド産の穀物はまだ調達が難しい状態です。この問題が解決したら、アイリッシュウイスキーの魅力がまたひとつ増えることでしょう」

その一方で、小規模な蒸溜所の中には古き良きスピリッツの復興に成功したところもある。そのひとつが、ダウン県のモーン山地にあるキロウェン蒸溜所だ。海と高原の要素を兼ね添える立地にあり、アイルランドでは最小規模の蒸溜所である。ピーテッドスタイルのポットスチルウイスキーは、原料に大麦モルト、未製麦の大麦、地元産のオート麦を使用している。製麦のスモーク工程も自前でおこなっているのが特徴だ。

キロウェン蒸溜所を創設したブレンダン・カーティが語る。

クーリー蒸溜所は、新しいアイリッシュウイスキーのゆりかごだった。第2世代が創設したティーリングは、スモーキーなタイプを含む良質なフレーバーでアイリッシュの新時代を築きつつある。

「調達した穀物を自前で燻すとき、その環境にはバクテリアなどの不純な要素も自然に加わりがちです。そのようなバクテリアを巻き込むことにより、発酵過程で得られるエステル香に苦味や酸味が加わって、蒸溜したスピリッツの仕上がりにかなり面白い効果をもたらすことがあるのです。スモークした直接的な影響だけでなく、もっと複雑なフルーツ香が加わります」

スモーキーなウイスキーが大好きな皆さんにも、そうではないウイスキーファンの皆さんにも、ぜひ覚えておいていただきたいイーニアス・カフェ(連続式蒸溜機の発明者、物品税監察官)の言葉がある。これは1818年に、イニシュオーウェン産の密造酒と政府が認可した合法的なウイスキーの問題を論じながら、論争相手だったドニゴールの牧師に宛てて書かれた言葉だ。

「ドニゴールをはじめとする密造酒の産地では、合法的なウイスキーの風味がたいへんな不人気だった。しかしこれもまた習慣から生じた嗜好に過ぎないと考えるべきである。ダブリンやコークの都市生活者は、すっきりとした合法的なウイスキーばかりを飲んでいる。そのため密造酒のスモーキーな風味が不快だと感じているのだ」

このような経緯をすべて踏まえた上で、スモーキーなアイリッシュウイスキーも正統なアイリッシュ・ウイスキーだと言えるのだろうか。スティーブン・ティーリングの答えは、間違いなく「イエス」だ。

「私たちの世界は、以前のように狭くて閉鎖的ではありません。消費者の皆さんも固定概念に縛られず、自分の嗜好でウイスキーを判断するようになりました。今までやってきたことだけが正しいという考え方は時代遅れになるでしょう」

アイリッシュウイスキーのルネッサンスでは、ピートの効いたスモーキーなウイスキーも静かに復権していることがわかった。新しい蒸溜所が、さまざまな新しい商品群で市場を賑わしてくれることだろう。スモーキーな風味を愛する人々にとっては、実に面白い時代が間もなく到来する。ジョン・ティーリングは、いみじくもこう言った。

「消費者の好みに合わないウイスキーは、自然に消え去っていくだけです」

これから続々と登場するスモーキーなアイリッシュウイスキー。発売されたら、真っ先に手に入れたいと思っている。