オーストラリアらしいウイスキーを目指して創業したスターワード蒸溜所は、世界のウイスキーファンに新しい価値観を提示している。

文:マギー・キンバール

ウイスキー蒸溜所がワイン樽を熟成に使用する際は、樽材を削ってリチャーを加える例も多い。だがスターワードでは、ワイン樽が長期間にわたって未使用のまま放置されない限り、樽材を削ることも直火で炭化させることもない。

スターワード蒸溜所では、赤ワイン樽の多くに小麦原料のスピリッツが充填される。大麦モルト原料のスピリッツを入れる樽は、小麦原酒を熟成する樽に比べて少数である。

スターワードの主力商品「トゥーフォールド」は、この2種類の原酒を組み合わせたもの。小麦と大麦モルトのスピリッツをそれぞれ別途に熟成させた後、小麦原酒6割に対して大麦モルト原酒4割の比率でブレンドする。ここで使用される大麦モルト原酒は、シングルモルトウイスキー「スターワード ノヴァ」と同じ工程でつくられたものだとデイヴは説明する。

新しい貯蔵庫の構造は、ケンタッキーのリックハウスに倣った。暑いアウトバックと寒い南極に挟まれたメルボルンは、特殊な自然環境がウイスキーの熟成にも影響を及ぼす。

「トゥーフォールドのレシピを確立できたことには、本当に満足しています。アメリカにはストレートウィートウィスキーや小麦比率の高いバーボンもあります。世界を見回せば、日本のブレンデッドウイスキーも小麦原酒と大麦原酒をミックスしたものがあるようです。スターワードはそれらのウイスキーとも異なり、しかも赤ワイン樽熟成のユニークな特徴を持った特別なウィスキーなのですから」

主力商品「トゥーフォールド」は、スターワードの売上の約3分の2を占めている。この商品が安定した利益をもたらしてくれることで、シングルモルトづくりで実験的な試みができるのだとデイヴは言う。

「シングルモルトは、樽材やアルコール度数に変化を加えて香味を調整しています。このプロセスが、本当に面白い。好奇心旺盛なウイスキーファンにアピールできるし、彼らの自宅にあるウイスキーコレクションの幅を広げられると思えばワクワクします」

スターワードのウイスキーは、特殊な熟成環境からも影響を受けている。デイヴいわく「メルボルン・イヤーズ」と呼ばれる現象があるのだ。昼夜の寒暖差が激しいメルボルン周辺では、他のウイスキーの産地と大きく異なる熟成の効果がもたらされる。

「オーストラリアの真ん中には、砂漠地帯の『アウトバック』があります。そしてメルボルンは、もうひとつの巨大な乾燥地域から影響を受けるんです。その第2の砂漠とは、南極大陸のこと。北のアウトバックから熱風がメルボルンに吹き込むと、気温が40℃に迫ってパームスプリングスのように乾いた暑さになります。でも南極から風が吹いてくる季節は、気温も5℃くらいで湿度も高め。わずか20分で10℃も下がったりするので、ここの樽は本当によく働いていると思います」

デイヴのチームは、そんな気候の恩恵を最大化するために調査と実験を重ねてきた。生産工程や熟成の手法に細かな調整を加え、その成り行きを観察するのだ。これまでに加えた最大の変化といえば熟成環境の整備である。当初は3階建ての倉庫(デイヴいわく「オーストラリアの掘っ立て小屋」)を使用していたが、現在はケンタッキーバーボンのリックハウスに似た4階半建ての貯蔵庫に変更した。ケンタッキーより少し小型だが、バレルサイズの樽が10段積みできる。

「貯蔵庫の面積は3エーカー以上あって、ウイスキーの貯蔵に最適な環境が整備できました。この貯蔵庫内に、熟成を助ける微気候を作り出そうと努力しています。風通しをよくしながら、樽を地面からあまり高い場所に置きすぎないことも重要です」
 

型破りでグルメな品質追求

 
真にユニークなオーストラリアンウイスキーをつくりたい。そう願うデイヴの哲学は、既存の先入観に追従して型にはまらないように気をつけることだ。

「オーストラリアらしいウイスキーをつくるには、製造地を物語ってくれるような品質が必要です。だからスコッチウイスキーを模倣するのではなく、独自のスタイルを確立するのが大事。バーボンを模倣するのではなく、自分たちが納得できる品質を作り上げなければなりません」

そんな独自性を目指してつくられるウイスキーは、製造のレシピだけでなく楽しみ方にもオーストラリアらしさが表現されていなければならない。ウイスキーを飲んで楽しむ人や、ウイスキーを提供する側の人々にとっても、多様な魅力を持ったツールとしてデザインされるべきだとデイヴは考える。

香味は何よりも大切にするが、高級ブランドのようにハードルは上げたくない。大麦モルト原酒と小麦原酒をブレンドした主力商品の「トゥーフォールド」は、トニックウォーターやジンジャーエールとの相性も抜群だ。

新しいウイスキーのアイデンティティは、新しい物語として理解されなければならない。だからこそスターワードは蒸溜所内でフードペアリングをテーマにしたディナーを開催し、ウイスキーの風味や楽しみ方の常識を破ろうとしている。カクテルであれ食事とのペアリングであれ、ウイスキーを食材としてとらえることで革新は続けられるのだ。

「親世代は、料理をおいしく食べることにさほど重きを置いていませんでした。食事は栄養やエネルギーを補給するための機能的な行動だったからです。でも我々の世代は、その点では明らかに違います。だからウイスキーが食後酒だという固定観念を打ち破りたかったし、食前にも美味しく飲まれるようにしたかったのです」

実際に「トゥーフォールド」の定番カクテルのひとつがトニックウォーター割りだ。これはもちろん食前酒としても人気が高いジントニックの代替になる。

デイヴはテレビシリーズの『マスターシェフ 天才料理人バトル!』を観て育った世代だ。その影響から、レストランの厨房や自宅のキッチンでテキーラやラムのカクテルを試作するのも大好きだ。それもお洒落なイメージより、実際に飲んで美味しいカクテルを追求しているという。

「ラムのカクテルはOKなのに、ウイスキーをソーダで割るのには抵抗があるのも先入観です。スターワードのウイスキーを親しみやすくするため、飲みやすくて美味しいカクテルを提案したい。一般の消費者をウイスキーの世界に引き込む上で、これは本当に重要なことでした」

スターワードは、ウイスキーのアイデンティティを香味の個性に求めてきた。そしてグルメブームにも乗り、ウイスキーのあり方を再定義した。だがデイヴは、さらなる未来を見据えている。

「現代のウイスキーファンは、たくさんの選択肢の中から飲みたいウイスキーが選べます。そんな市場に参入するメーカーにとっては、目新しさが諸刃の剣のように働きます。いわゆるニューワールドのウイスキー生産者として、この現代にどんな魅力を訴えることができるのか。そんな果てのない答えを探すだけでワクワクするし、このやりがいのおかげで毎日元気に仕事が続けられるのです」