洗練されたピート香に宿る独創性。コミュニティとともに歩んでいくトラベイグ蒸溜所は、21世紀のスコッチウイスキーを先導している。

文:マルコム・トリッグス

 

トラベイグは、ヘビリーピーテッドのモルトウイスキーを製造している。蒸溜所チームの表現を借りれば、「ウェル・テンパード(しっかりと調律された)なピート香」が持ち味だ。ピート香はヘビーだが、極めて繊細な味わい。その繊細さは、酒齢が若くてもはっきりと感じ取れる。

ヘビリーピーテッドを掲げる他ブランドのように、フェノール系の薬品感はない。その代わり、かすかな木のスモーク香があり、林床のような土っぽい風味も感じられる。ピーテッドタイプのウイスキーとしては、蒸溜時のカットポイントを異例なほど高く設定していることから得られる効果である。

蒸溜担当のイオナ・マクフィーも地元の出身。経験ゼロからウイスキーづくりを学び、自分だけの作品を発売することもできる。

「ウェル・テンパード」という言葉を聞いて、すぐに「平均律」という日本語訳を思い出す音楽ファンは多いだろう。「ウェル・テンパード(ドイツ語でヴォルテンペリエルテ)」とは、ヨハン・セバスティアン・バッハが前奏曲とフーガの集大成『平均律クラヴィーア曲集』で用いた言葉でもある。バッハは24の長調と短調のすべてでこの傑作集を作曲した。音楽形式、特定の調、単一の調律システム(平均律)というがんじがらめの制約の中で、自由な表現が可能であることを示した音楽作品だ。

トラベイグ蒸溜所は、まさしく平均律のような蒸溜所であると思う。それは「制約の中で創造性を発揮する」という同様の目的を達成しているからだ。ウイスキーづくりに当てはめれば、蒸溜所建築に代表される物理的な条件下で、あえて困難なヘビリーピーテッドのモルトウイスキーを製造するというチャレンジ。制約を逆手に取って成し遂げた香味のバランスは、まさに見事としか言いようがない。その成功を証明するように、最初に発売された「レガシー2017」はすぐに完売した。

トラベイグ蒸溜所のウイスキーづくりには、他にも異例なアプローチがある。それは設立時に2つのチームを同時採用したことだ。Aチームは醸造家、製麦業者、蒸溜業者からなるベテラン集団で、200年以上に及ぶウイスキー業界の経験を反映させたチーム。一方のBチームは、見習いの新人ばかりで構成されたチーム。各人の経歴は異なるが、みな醸造や蒸溜の仕事は未経験だ。スタートから5年が経ち、彼らは蒸溜所を支える情熱的な専門家チームに育っている。

このような制約をみずからに課すのは、一見して自縄自縛のように見えるかもしれない。だが最高責任者のニール・マシーソンには、別の明確な意図があるのだと説明する。

「年齢や性別を問わず、地元の人々をこの業界に引き入れたかった。そしてウイスキーづくりの期待に応えられる人材に育てたかったのです。その方法が、社内での徒弟制度でした。地域社会との関係を育めば、歴史もない新設の蒸溜所でも帰属意識が芽生えますから」

トラベイグ蒸溜所のスタッフは、操業1年目から可能な限り理想的な生産方法を模索していく。醸造と蒸溜の結果を詳細に記録することで、今後何年にもわたって活用できる標準的な方法を見出すためだ。発酵プロセス、樽材の種類、熟成の方針など、ウイスキーづくりにおけるさまざまな側面を専門的に学ぶ機会も与えられている。

またトラベイグ蒸溜所では「ジャーニーマンズ・ドラム」(「年季奉公明けの職人がつくったウイスキー」という意味)と名付けられたウイスキーをシリーズで発売している。これは見習い期間を終えた地元のスタッフが自分の手で世に送り出すウイスキーだ。すべての弟子たちが、毎年オリジナルのウイスキーをボトリングできる。ボトルのデザインも本人任せだ。
 

ウイスキーが育てる新しいコミュニティ

 

ウイスキーの世界では、近年ますますテロワールの話題が盛んである。しかしウイスキーによって生産地や生産者の独自性を証明するのは時間がかかる作業だ。トラベイグは巨大なメーカーでもなければ経験豊富な蒸溜所でもない。それでもウイスキーづくりにかける情熱は本物であり、そのスタイルへのこだわりは独自の哲学に根ざしている。

「結局のところ、ウイスキーは生産地や携わる人々の個性から生まれるものですから」

そう語るのは、モスバーン・ディスティラーズでグローバルブランドマネージャーを務めるブルース・ペリーだ。

レガシーシリーズの第2弾として発売された「トラベイグ オルトグリーン」。オルトグリーンは古い谷を意味するゲール語だ。熟成年数は若いが、洗練されたピート香を明確に打ち出している。

トラベイグにとって、そのような個性を生み出す要因は間違いなくスカイ島の風土である。だがそれは、必ずしも北方の荒々しい風貌から連想されるスカイ島とは限らない。ここスリート半島の水車小屋から北の方角を眺めると、ごつごつした山並みも岸辺に水面に反射してのどかな風景になる。だがそうかと思えば、横殴りの雨がパゴダの屋根を伝って入ってきて、高温の蒸溜器に滴り落ちるような悪天候の日もある。どちらもスカイ島の風土であり、スピリッツの仕上がりは日々の天候で微妙に左右されるのが現実だ。

かつてこの場所に農場を建設した島の住人たちも、トラベイグのウイスキーの特性に影響を与えている。当人たちは知る由がなくても、責任の一端はあるのだ。スカイ島をウイスキーの産地として有名にしたタリスカーにだって、先人としてトラベイグのウイスキーに間違いなく影響を与えている。トラベイグの人たちも、そんな考え方をきっと否定しないだろう。

だが最も印象的なのは、トラベイグで働く人々が、この小さな村よりもはるかに広いコミュニティと関わっていることだ。モスバーン・ディスティラーズの最高責任者、ニール・マシーソンは語る。

「私たちの旅に、できるだけ多くの人を巻き込んでいくのが目標なんです。まずは熟成年数を記載したウイスキーをいくつか発売して、コアな香味プロフィールを確立していきたい。そこまでの開発プロセスに積極的な関与をしてくれる人々を集めて、この旅を続けたいと考えています」

蒸溜所見学の最後に、スチルームでニューメイクスピリッツを試飲した。このスピリッツを製造した人たちも同席し、ウイスキーだけでなく地元の生活についても語り合った。このような蒸溜所体験は、これまでに一度も経験したことがない。

蒸溜所での作業の合間に、草刈りや花壇の手入れをしているスタッフを見たのも初めてのことだった。蒸溜担当者が、地元のパーティーでバイオリンを弾くために急いで早退したのも印象的だった。

これもまた、ヘブリディーズ諸島民らしい実利主義なのだろう。いやひょっとしたら、スカイ島に特有の伝統なのかもしれない。これからトラベイグを味わうたび、私は毎度この人々とウイスキーの幸福な関係を思い出すことになる。