アイルランド西岸、ワイルド・アトランティック・ウェイを行く【前半/全2回】

May 9, 2016

圧倒的な大自然と、神秘的なケルト文化。アイルランドを旅するなら、大西洋岸をひた走るワイルド・アトランティック・ウェイがおすすめだ。最南端のミゼンヘッドから、ゴールウェイの素晴らしいパブ巡りを経てさらに北へ。

文:ショーニーン・サリヴァン

 

カスク単位の魅力的なボトリングでアイリッシュウイスキーに革新をもたらしているのが、ビールづくりやパブの運営でも知られる「ディングル」だ。

「マリンヘッド、ロッコール。風向きは南西または南寄り。7時より大強風、10時より暴風。海上は荒れ、マリンでは時に大しけ。雨または小雨」

ラジオから、船舶向けの天気予報がとぎれとぎれに聞こえる。レンタルしている釣り小屋の石灰壁に、スコールの風が叩きつけられる。暖炉にはカネマラ近郊で手掘りしたピートがくすぶり、小屋いっぱいに心地よいスモーキーな匂いが立ち込めている。

西の海上では巨大温帯低気圧「デズモンド」が猛威を振るい、アイルランド西岸に荒々しい波を打ち寄せていた。道路の状況はまったくあてにならない。どうやらここでしばらく足止めを食らいそうだ。

アイルランド西岸の海岸線全体に延びた観光用道路「ワイルド・アトランティック・ウェイ」をドライブしている最中である。出発地は、アイルランド最南端の地として知られるミゼンヘッド。実際にはミゼンヘッドの東隣にあるブローヘッド岬のほうが9メートルほど南に突き出しているのだが、ミゼンとマリンを結ぶダイナミックな行程に如くアイルランドの旅はない。

目的地は、ドニゴール州にあるアイルランド最北端のマリンヘッド。その前に、ちょうど西岸の中間地点にあって便利なゴールウェイに立ち寄って、数日間滞在する予定だ。自由で気取らない雰囲気のゴールウェイは、アイルランド音楽のセッションやアートの中心地としても知られる。そして嬉しいことに、完成したばかりの「ウイスキー・トレイル」が旅の疲れを癒やしてくれる。
 

ゴールウェイ・ウイスキー・トレイルを歩く

 
アイルランド語と英語で刻まれた石灰石の標識が、ゴールウェイ・ウイスキー・トレイルの拠点となる11軒のパブの目印である。

散歩の出発地はオブライエン橋がいい。ここからナンズ島にあるパース蒸溜所の遺構が見える。橋の向こう側にはかつてのバークス蒸溜所跡もあるが、特に見るべきものは残されていないので街の中心地に向かって進もう。まずは「キングズ・ヘッド」に入って、400年以上前から使用されているという暖炉の脇でウイスキーを1杯楽しむのもいいだろう。そこから旧市街の城壁までは来た道を戻る。居心地のよい「ソニー・モロイ」に立ち寄った後は、ハイ・ストリートをそぞろ歩きながら「フィーニーズ」の窓に並んだ宝物のようなウイスキーを吟味しよう。一見ありふれた商店だが、ここには旧家に伝わる貴重な品々が展示されている。

ゴールウェイ・ウイスキー・トレイルには、アイルランドらしいパブの名店が揃っている。タイトル写真は「オコーネルズ」で、こちらは「ギャラヴァンズ」。

ハイ・ストリートがキー・ストリートに変わるあたりに、有名なパブ「ノートンズ」がある。天気がよければ、ウイスキー片手に道行く人々を眺めるのに最適な場所だ。ショップ・ストリートにある「マッケンブリッジ」のデリカウンターでサンドイッチを食べて体力を補給し、素晴らしいウイスキーコレクションからおみやげ用のボトルを手に入れるのもいいだろう。

その後は、エア・スクエアにあるバー「オコーネルズ」「アンプカン」「ガーヴィーズ」をはしごしてみよう。見事な錫細工の天井があるオコーネルズではシングルポットスチルのウイスキーが楽しめる。アンプカンなら、ティーリング蒸溜所直送のオリジナルシングルカスクのウイスキーがおすすめだ。

ゴールウェイ・ウイスキー・トレイルには、他にも「ギャラヴァンズ」「ブレイクス」「ダリ」などの素晴らしいパブがある。ウイスキーとビールを愛する旅人には嬉しい限りだ。
 

美しい風景を抜けて最果ての地へ

 
巨大温帯低気圧デズモンドがようやく立ち去り、このままゴールウェイに留まる言い訳もなくなってしまった。

一生こんな町で暮らすのも悪くない。ゴールウェイは、そんな甘い夢を抱かせてくれる町である。毎日午後になったらアランセーターを来てアイリッシュウルフハウンドと一緒に海岸沿いの散歩を楽しみ、夕方にはパブで一休みしながら、何曲かのバラードを唄う。楽器の才能がない者のささやかな幻想である。

そんな未練を振りきって、車は北を目指す。政府が設置した「ワイルド・アトランティック・ウェイ」の標識が目印だ。「シティ・オブ・ザ・トライブズ」との異名をとるゴールウェイへの名残惜しさも、いつしかどこかに消え失せてしまった。石壁や生け垣ごしに差し込んでくる金色の陽光。セピア色の光に染まった、ため息が出るようなカネマラ沿岸地域の風景がそこにある。炉端で語り継がれてきたアイルランドの恋物語が頭をよぎる。波しぶきと岩だらけの海岸が美しい。

この大自然が育んできたウイスキーのことも忘れてはなるまい。旅を急ぐ前に、ワイルド・アトランティック・ウェイ沿いにあるウイスキー蒸溜所をいくつか紹介しよう。

 
ディングル
ブリュワリーとパブのチェーン店を運営する「ポーターハウス」のオーナー、オリバー・ヒューズ氏が設立。アイリッシュウイスキーに新時代の熟成技術をもたらしている拠点である。2015年12月21日に発売されたリリース第1弾の「カスク No.2」は、ここ何年もの努力の成果の結晶。単一カスクの魅力的なボトリングで、アイリッシュウイスキーブームの一翼を担っている。
 
ウエストコーク蒸溜所
元気な音楽の町スキバリーンにある蒸溜所。素晴らしいジン、ウォッカ、ポチーンをさまざまなブランド名でリリースしてきた。10年熟成のシングルモルトとブレンデッドウイスキーも「ウエストコークモニカー」の名でリリースし、2015年には尊敬すべきマスターディスティラー、フランク・マクハーディー氏を迎えた。2015年にはポーグスとのタイアップで生まれた新しいウイスキーも登場している。
 
コンノート
メーオー郡バリナにあるコンノート・ウイスキー蒸溜所は、2015年10月9日にアイルランドのティーショク(首相)であるエンダ・ケニー氏によって設立された。まだ操業を始めて間もないが、すでにウイスキーの蒸溜は始まっている。独自のジン、ウォッカ、ブレンデッドウイスキーの発売も計画しており、今後の熟成が待ち遠しい。
 
ザ・シェッド
2014年12月21日の冬至の瞬間に、第1号カスクに入る最初のウイスキーを蒸溜したザ・シェッド蒸溜所。そしてちょうどその1年後の冬至の日には、第1号のジンを蒸溜している。リートリム州ドラムシャンボにあり、予約制で訪問を受け付けている。

 

(後半につづく)

 

 

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