タリバーディンの凱旋【後半/全2回】

February 5, 2018


ハイランド地方南端のブラックフォード村で、数々の逆境を乗り越えてきたタリバーディン蒸溜所。新しいオーナーの主導により、人気ブランドとして輝かしい未来を切り拓いている。

 

文:クリストファー・コーツ

 

メゾン・ミッシェル・ピカールの傘下に入って以来、タリバーディン蒸溜所では立て続けに設備投資がおこなわれている。モルト原料の調達、生産、貯蔵、パッケージに至るすべての分野をテロワール・ディスティラーズが管理するようになった。隣接する小売用のスペースを買い戻し、建物を効率よく蒸溜所の機能に転用。施設の一部はラック式の貯蔵庫として使用されており、現在約20,000樽を熟成中だ。完全自動の瓶詰めライン、チルフィルター設備、ブレンディング用のヴァットなどの設備も導入され、ブレンディング、ボトリング、包装などがおこなえる。モルティング以外はすべて蒸溜所内で完結できるのが自慢だ。

高品質な原酒を買い戻して、長期熟成のシングルモルトもリリースできるようになったタリバーディン。1970年のヴィンテージはウイスキーマガジンでも破格の評価を受けた。

蒸溜所内の樽工房(住み込み樽職人のフルタイム勤務付き)を整備したのも、ウイスキーづくりの独自性を打ち出すための正しい戦略だった。どんな蒸溜所でも、樽材は将来の命運を左右する大事な要素。かつて他社に樽詰めを委ねていたタリバーディンにとっては、とりわけ重要な問題なのだ。これまでは蒸溜所内で使用されている樽も自社保有ではなかった。この問題に対処すべく、自前の樽の確保する大規模な投資をおこなった。

ファミリー企業がたくさんのワイン畑を所有しているため、有名なワイナリーからいくらでもワイン樽を調達できるのはタリバーディンの強みだ。 そんな一例が「228ブルゴーニュフィニッシュ」で、これはファーストフィルのバーボン樽で熟成した「ソブリン」をシャトー・ド・シャサーニュ・モンラッシェのバリック樽で18ヶ月間フィニッシュしたもの。これはもともとピノ・ノワール種をワイン熟成した樽である。

そして最後の変革は、専門家の招聘だ。その1人が蒸溜所長のジョン・トランス。有名なヘリオットワット大学の醸造蒸溜課程を卒業したジョンは、まずグラスゴーのテネントカレドニアンブリュワリーズとグレンモーレンジィ・カンパニーのブロックスバーン工場に勤務した。間もなくディアジオから一連の依頼を受け、ポートダンダスの研究職、スペイサイドでの業務管理、 シールドホールのボトリング工場管理などを経験している。

ジョン・トランスは、テロワール・ディスティラーズがまさに必要とする経験を持った人物だった。2013年12月からタリバーディン蒸溜所の蒸溜所長を務めるジョンが、現在の役割について説明する。

「モルト原料の買い付けからケースの出荷まで、あらゆる業務を担当しているよ。ウイスキーづくりの行程全体で、自分が関わっていないことはほとんどない。もともとバラエティ豊かな仕事が好きだからね」

 

新しいマスタブレンダーが進める未来への準備

 

そんなジョンの関知しない数少ないエリアのひとつがブレンディングだ。2017年5月、タリバーディン蒸溜所史上初のマスターブレンダーとしてキース・ゲッデスを迎えた背景にはそんな事情もあった。

蒸溜所内に樽工房を完備し、住み込みの樽職人をフルタイムで雇う。良質なワイン樽も入手できるメゾン・ミッシェル・ピカールは、タリバーディンの未来への投資を惜しまない。

キースの業界でのキャリアは長い。最初はシーバスブラザーズの生産部門で検査を積み、同社のブレンディングチームに異動。コリン・スコットや、後にはサンディ・ヒスロップと共に働いた。その後、9年前にデュワーズに移籍し、マスターブレンダーのステファニー・マクラウドとブランドを支えてきた実績がある。

タリバーディンに入社以来、キースは数ヶ月を費やして蒸溜所の貯蔵庫で熟成中の原酒をもれなく吟味している。今後の樽入れの計画を立て、発売予定のウイスキーについて構想をまとめた。

これはもちろん簡単な仕事ではない。手持ちの原酒のポートフォリオは、生産量が乏しかった時代、他社への販売が中心だった時代、10年間の休業期間などの影響でバラツキがある。それでもありがたいことに、前のオーナー時代には良質な樽で熟成されているのだとジョンが語る。

「ファーストフィルのバーボン樽に、シェリー樽とワイン樽が少しずつ。それ以外の樽はほとんど使われていなかった。それから以前の古いタリバーディンの貯蔵原酒もかなり買い戻したんだ」

高品質な長期熟成原酒を発見したことから、20年ものや25年もののリリースも可能になった。名高い「カストディアンズ・コレクション」もそのひとつ。44年熟成という今や伝説的な1970年のヴィンテージを輩出したコレクションである。このボトルは、ウイスキーマガジンが毎号実施しているブラインドテイスティングで過去5年間の最高スコアを叩き出している(139号)。

ここまで高評価された前例があると、プレッシャーの原因にもなりかねない。だがキースはタリバーディンの将来をはっきりと楽観視している。メゾン・ミッシェル・ピカール傘下のワイナーリーから入手する樽材で、数々の実験をおこなうのが楽しみな様子だ。だが第一の目的は、あくまで現存のフレーバーを守って維持すること。実験中の原酒については固く口を閉ざしている。

これからたくさんのタリバーディンが酒屋の棚を賑わす日が来るのは間違いないだろう。テロワール・ディスティラーズはブランド強化に向けた大規模な計画を練っており、英国や世界の需要に応えられる原酒を用意している。蒸溜所はフル稼働で生産を続けている状態だ。その一方で、1970年代からさほど変化のない生産設備を大きく拡張する計画は今のところないとジョンが語る。

「スピリッツの一貫性を保つため、生産工程を自動化する小さな設備投資はおこないました。スチルからの流出率や、糖化の温度調整に関連する設備です。でもここでは相変わらず手作業が中心なので、コンピューター画面で蒸溜を管理している訳ではありませんよ」

その代わり、まもなくタリバーディンは敷地内で新しいビジターセンターの開業を予定している。ピカール家が、タリバーディンを長期的な視野で育ててることは疑いようもない。投資の見返りが得られるのはだいぶ先の話であることを、彼らはしっかりと認識している。

利益を急ぐのではなく、今は強固な基盤を築くとき。安定した土台があってこそ、蒸溜所やウイスキーづくりに従事する人々の明るい未来が約束されるのである。

 

 

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