グレンフィディックとは異なるアプローチで、着実に名声を手に入れたもうひとつのグラント家。グレンファークラスの現在は、ある失敗への反省から築かれていた。

文:グレッグ・ディロン

 

「家族経営の会社には、とても有利なことがあります。それは決断と行動が早く、新しい状況にすぐ適応できること。即断即決でチームを動かせる人間がいることは、家族経営の大きな利点です。他の家族経営の会社との付き合いも非常に重要です。私たちが世界中で取引している会社の多くが家族経営なのは、会社の方針や動き方をお互いに熟知しているから。家族経営の会社はだいたいどこも同じ原則で動いているので、一緒に仕事をしていても話が早いのです」

そう語るのは、グレンファークラスのジョージ・グラントだ。混乱を避けるために、あらかじめ明確にしておいたほうがいいだろう。グラントという姓は同じだが、グレンファークラスのグラント家と、グレンフィディックのグラント家に姻戚関係はない。

グレンファークラス蒸溜所は、1865年にジョン・グラントによって512英ポンドで買収された。国立公文書館の資料で計算すると、現在の貨幣価値なら30,274.15英ポンドという値段である。これは隣にあったレチャーリック農場で、熟練工1人が約2,560日分の日当として受け取る金額だ。

いかにも家族経営といったムードのあるグレンファークラスの本拠地。かつての失敗を教訓に、大資本との提携を拒んでいる。

ジョン・グラントは畜牛農家として有名な存在で、当時すでにグレンリベットにも農場を所有していた。蒸溜所は1889年に息子のジョージへと相続されたが、そのジョージは残念ながらすぐに他界してしま、蒸溜所はジョージの息子たちに引き継がれることになる。息子たちの名前もジョンとジョージだった。グレンファークラスの歴史には、ジョンとジョージがたくさん登場する。グラント家は、蒸溜所と名前を受け継ぐことに執心しているのだろう。そんな訳で、2番目のジョージが蒸溜所を相続し、弟のジョンと一緒にグレンファークラス=グレンリベット・ディスティリング社を設立した。

やがてグラント家は、リースに住むパティソン兄弟と提携関係を結ぶことになった。ウイスキーの歴史に詳しい人なら、きっとパティソン兄弟の悪名に聞き覚えがあるだろう。彼らのウイスキービジネスはかなり乱暴なものだった。マーケティングの力量はあったのかもしれないが、大掛かりな不正に手を染めてウイスキー業界全体に壊滅的な打撃を与えてしまう。良質なウイスキーを生産していた蒸溜所が、彼らと一緒に倒産してしまった。

だが進取の精神に富んだグラント一族は、この苦境においても挫けることがなかった。たゆまぬ努力と決意によって、グレンファークラスを有力なウイスキーブランドに押し上げたのだ。ジョージは2人の息子をもうけたが、彼らの名前もジョンとジョージである(もう驚かない)。3番目のジョージが蒸溜所を引き継ぎ、米国の禁酒法や第2次世界大戦などの困難な時代も乗り越えて事業を存続させた。やがてウイスキーづくりはジョン・LS・グラント、さらにはジョージ・S・グラントへと引き継がれた。現在はこの2人がグレンファークラスの舵取りをしている。

当代のジョージ・グラントは、一族の事業がたどった変遷を振り返って次のように語る。

「平坦な道のりではありませんでした。1950年には法律が変わって糖化と蒸溜を同じ日にできるようになり、1970年代には蒸溜所にビジターセンターを開設しました。ガスが引かれたのも大きな変化でしたね。父と祖父が経営した過去2代の時期に、大きな変化を経験しました」

 

家族経営でリーズナブルな価格を維持

 

家族経営という点では共通するグレンフィディックとグレンファークラスだが、ビジネスのやり方や一族の歴史もそれぞれに異なる。ウイスキーづくりのアプローチはそれぞれがユニークであるが、所有する創業家にとって理想的な経営を続けている点では同じだ。ジョージ・グラントは語る。

「今でもスチルの加熱は直火式で、オロロソシェリー樽で熟成することにこだわっています。樽詰めした日から売りに出される日まで、すべてのウイスキーを自社で保有しているのがグレンファークラスの特徴。これはウイスキー業界では珍しいことで、会社にも大きな恩恵をもたらしてくれます。結局のところ、私たちの目標はお客様にウイスキーを買っていただき、気に入ってまたリピートしていただくこと。懐を気にしてウイスキーを買うのをためらうような価格設定にはしたくありませんからね」

グレンファークラスの価格がリーズナブルに維持されているのは、まさに家族経営のおかげなのだとジョージ・グラントは言う。

「グレンファークラス40年をとってみても、他のブランドなら数千ポンドはするような商品でしょう。そんな高額なウイスキーをわざわざ買って飲むのには、相当に特殊な理由が必要になります。でもグレンファークラスなら千ポンドを大幅に下回る価格設定になっています。 これなら一度買った人がまたリピートして、他の40年もののウイスキーを買うよりもずっとお手軽に楽しめるはずです」

エンドユーザーの利益を第一に考えるグレンファークラス。パートナーシップを結ぶ会社も家族経営の老舗が中心だ。

グレンフィディックとウィリアム・グラント&サンズは、蒸溜所の建設や買収によってブランドの勢力を拡大してきた。そのおかげで、今日では世界屈指の売上を誇るスコッチウイスキーメーカーになっている。ウィリアム・グラント&サンズが傘下にさまざまな他のブランドを抱えているのに対し、グレンファークラスはただ静かに独立を保っている。誰にも所有されていないし、他のブランドを買収したこともない。

特にスコットランドでは絶大な人気を誇るグレンファークラスだが、会社の規模はこぢんまりとしたものだ。パティソン兄弟との提携で失敗した教訓から、他社との提携を一切やめてしまった経緯も理解できる。そのおかげで、完全に独立した資本でウイスキーづくりを続ける希少な企業になったのである。

「家族経営を守ることは大切です。1回売れたことで満足するような商品は、そもそも売る必要がありませんから。おかげさまで売り上げも好調で、世界100カ国に輸出してまだまだ成長を続けています。家族経営で独立を守るのは、アイデンティティーを明確にして世界中で信頼していただけるブランドを維持するということ。一般消費者だけでなく、業界内のさまざまな人たちにも敬意を持たれるブランドであることが大切なのです」

ふたつのグラント家は、ビジネスの拡大という点ではまったく方向性を異にしているようにも見える。それでも共に成功して、将来も家族経営を続けると断言している点では共通点している。家族経営の利点は、ブランドに伝統的なイメージを付与してくれるところだ。スコッチウイスキーには、しばしば神話や伝説のような物語がつきまとう。そこに創業家の物語があれば、ブランドにも特別な価値が生まれるのだ。特に世界で新規市場を開拓する際には、そのような物語が重要になる。

伝統が強固であるほど、未来の世代に伝えるべき価値も大きくなる。この価値こそが、新しい挑戦の糧にもなるのだ。家族経営を維持することで、大きな成功を手にしたふたつのグラント家。スコッチウイスキーの人気が世界で高まっていくなか、彼らの目指す未来にこれからも注目したい。