個性的なモルト原料で、風味を革新するクラフト蒸溜所たち。その独創性の源泉は、先行するクラフトビール業界にあった。

文:マルコム・トリッグス

 

ヨーロッパとアメリカの双方で、クラフトディスティラーたちが明確な目的意識を持ってスペシャリティ・モルトにアプローチしている。近年のクラフトビールメーカーが大企業に対抗して存在感を示してきた実績から、同じことが伝統的なウイスキー業界でも可能なのではないかという期待が生まれてきたのだ。アバディーンシャーでバーンオベニー蒸溜所を共同創設し、現オーナーを務めるマイク・ベインが語る。

「ウイスキーメーカーとしては、シンプルに最善のウイスキーづくりを追求しています。そのウイスキーづくりのプロセスを見ると、その前半はビール醸造と同じですよね。クラフトビール革命のおかげで、この部分がドラマチックに変化してきたのはありがたいと感じています」

このような状況も利用しながら、バーンオベニーは第1号商品となるシングルモルトのレシピを2年がかりで開発してきた。使用したモルト原料は、ペールモルト、クリスタルモルト、チョコレートモルトの3種類だ。スチームジャケット付きのマッシュタンと発酵槽も、現代的なビール醸造用に設計されたものだとマイク・ベインが説明する。

「ペールモルトから最大の収率を得ることにこだわるのではなく、素材に選んだそれぞれのモルトから最大の収率が得られるように頑張っています。つまりはウイスキーづくりの最初期の段階から、マッシュタンの中でフレーバーを最大限に表現しようという考え方です。そこで引き出したフレーバーを、その後の工程でどれだけ保持していけるかが勝負になります」

クリスプモルト社で英国のクラフトディスティラーも担当しているコリン・ジョンストンにとって、バーンオベニーは顧客である。ウイスキーづくりでフレーバーを追求するため、スペシャリティ・モルトを活用するメーカーが増えたのは、クラフトビール業界の成功が一役買っていると考えている。

「さまざまなモルトを使用してクラフトビールを造ってきた経験のある人たちが、続々とウイスキー業界にも参入しています。彼らのような人たちにとって、モルトを変えて試してみるのは当たり前のこと。『なぜ違うタイプのモルトもウイスキーづくりで試してみないんだ?』といった感じです」

 

ビール業界の学びを土台に

 

クラフトビールとウイスキーの交錯点を模索しているクラフト蒸溜所は多い。エディンバラのホーリールード蒸溜所もそのひとつだ。蒸溜所の運営チームには、豊富なビール醸造の経験値もある。最近リリースした「ブリュワーズ・シリーズ」は、ビール用酵母とスペシャリティ・モルトの特性を引き出した極めてユニークなニューメイクスピリッツだ。発売からすぐに爆発的な成功を収めている。マネージングディレクターのニック・レイブンホールが語る。

「ビール醸造は、私たちホーリールード蒸溜所のDNAに色濃く入っています。スピリッツメーカーとしての礎になっていると言ってもいいでしょう。ビール造りそのものから刺激を受け、現在のクラフトビール業界で見られる驚異的な独創性からもエネルギーをもらいながら、正攻法でウイスキーづくりの実験にも楽しく挑んでいるのです」

エディンバラのホーリールード蒸溜所は、モルトと酵母にこだわった変わり種のニューメイクスピリッツを商品化した(メイン写真)。蒸溜と熟成だけでなく、醸造技術の革新で新しいウイスキーを生み出そうとしている。

だがホーリールードやバーンオベニーがやっていることは、ちょっとした実験の範疇をはるかに超えている。他のクラフトウイスキーメーカー、製麦業者、ヘリオットワット大学などの研究機関などと協力しあいながら、完全に新しいウイスキーの風味という未知の領域を開拓しようと画策中なのだ。コリン・ジョンストンが語る。

「みんなで力を合わせ、かなり大きな実験を進めている最中です。今なら異なったタイプのモルトを生み出して、ビール造りに使ってみることができます。3〜4週間後には、新しいモルトからどんなビールができるのかわかるんです。そしてスペシャリティ・モルトを使った際にも、ニューメイクスピリッツの風味にどんな影響があるのかテイスティングで確かめられます。どれくらいの割合で既存のモルトに混入したのか、あるいはカットポイントはどうしたのかによって、影響はそれぞれ異なってきます。このようなスピリッツの風味が、熟成後にどう変化するのかも重要です。まだいろいろ実験段階ですが、同業者の仲間内で実証された成果がどんどん積み上げられています」

ビール醸造家たちはスペシャリティ・モルトのあれこれを熟知しているものの、ずっとスペシャリティ・モルトを使用する第一の目的はビールの色を調整することだった。このような理由から、ほとんどのスペシャリティ・モルトは、そのフレーバーではなく色調を基準にして名付けられている。前述の「ルビー」「ブラウン」「ブラック」の他、「キャラメル」「チョコレート」などの呼称もそれぞれのフレーバーではなく色で分類されたものである。

ちょうどこれと同じ理由から、コリンは自分たちで開発する一連の新しいウイスキー用モルトをフレーバー由来の名前にできる可能性があると信じている。もちろんどんなモルトを使ってもニューメイクスピリッツは透明になるので、色を由来とすることはあまり現実的ではないのだが。

「みんなで同じ問題を追求しながら、同じ答えを見つけようと頑張っています。どんなモルトが、どんな特有のフレーバーをもたらしてくれるのか。それが熟成を経て、どんなウイスキーの味わいに寄与してくれるのか。そこを見極めるのが目標です」
(つづく)