BOOK REVIEW 『BAR物語 止まり木で訊いたもてなしの心得』

June 30, 2017

街で長く愛されるバーには、秘められた歴史や逸話がある。今年4月に発売された川畑弘著『BAR物語』は、バーテンダー向けのPR誌から生まれた珠玉のエッセイ集だ。

文:WMJ

 

「バーの旨さは人の味。そんな思いに導かれて、僕はこの本を書き始める」

そんな前書きで始まる『BAR物語 止まり木で訊いたもてなしの心得』は、通常の店舗紹介をはるかに超えた情緒で日本全国の名バーテンダーを紹介してくれる注目の新刊である。

自他ともに認めるバー好きなら、きっとご存じのバーテンダーにも本書で再会できるだろう。最初に登場するのは、昨年末に惜しくも故人となった山﨑達郎さん。95歳のバーテンダーから接客の極意を学ぶという、生涯忘れられない体験が語られる。

さらに著者は震災後の仙台や福島、南相馬(上写真「バー ウィザード」)を訪ね、銀座、京都、北新地の名店で日本を代表するバーテンダーたちに問いかける。心に残る客の振る舞い。果たせなかった約束。一見客からの意外な贈り物。戦後間もない時代の美しい逸話や、若さゆえの苦い思い出もある。北海道から沖縄の宮古島まで、日本各地のバーでさまざまな人生が交錯する。

著者の川畑弘氏は、サントリーにコピーライターとして入社し、新聞や雑誌を中心にさまざまなウイスキーのシリーズ広告も手がけてきた。つまり、あの開高健氏の後輩にもあたる人物だ。入社5年目の1999年にバーテンダー向けのPR誌『ウイスキーヴォイス』を社内で創刊して以来、同誌の編集長として北海道から沖縄まで200名を超えるバーテンダーを取材。本書に綴られているのは、17年に及ぶ取材から厳選し、加筆したエピソードである。

 

バーテンダー向けPR誌『ウイスキーヴォイス』から生まれた物語

 

サントリーが発行する『ウイスキーヴォイス』は、日本全国1万2千店のバーに届けられる読者限定のPR誌だ。一般に市販されていないので、目にしたことのない人も多いことだろう。だが編集部には毎号のようにバーテンダーたちからハガキが寄せられ、記者はそれを頼りに全国のバーを巡ることになる。そうやって集めたバーテンダーたちの「生きた声」こそが、この新刊書の大きな魅力だ。

実際の取材の内容は「トイレ掃除のしかた」「営業中にお酒を飲むか、飲まないか」「大切にしている道具は何か」「バーで使う氷について」などといったバー営業に関する実務的なこと。だが3人のバーテンダーに質問をぶつけると、まったく異なった3通りの答えが返ってくる。その細部を掘り下げるほどに各人の価値観が立ち上がり、それぞれのバックグラウンドや生き方が垣間見える。

川畑氏は『ウイスキーヴォイス』の編集方針に、典型的なバーのスタンダードを設定していない。個性も考え方もまちまちなバーテンダーたちの声を集め、豊かな多声音楽のポリフォニーとして表現するのが身上なのだ。

一遍読み終えるごとに、ついついバーに足が向いてしまいそうな本である。お酒を飲まない人でも、読みながらほろ酔いの感覚を体験できるかもしれない。巻末には本書に登場する全国のバー40店の地図が掲載されており、旅のお供にも最適だ。

サブタイトルにある通り、バーカウンターは人生の止まり木のような場所。その裏舞台を知れば、いつもの1杯がもっと美味しくなる。バーを愛するすべての人におすすめしたい1冊である。
 
写真提供:ウイスキーヴォイス編集部(南相馬市「バー ウィザード」)
 


BAR物語 止まり木で訊いたもてなしの心得

川畑 弘 著

集英社インターナショナル

1,200円+税

192ページ

2017年4月5日発行

 

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