アイラらしいこだわりを貫く個性的な蒸溜所たち。古参ブランドも斬新なビジター体験で来島するファンを驚かせている。

文:ライザ・ワイスタック

 

キルホーマン蒸溜所でも、最近になって大掛かりな工事が進行中だ。創業者兼社長のアンソニー・ウィリスが、近況を次のように語ってくれた。

「拡張工事は、思っていたよりも早く進んでいます。世界中のファンに届けられるだけのウイスキーをつくりたいと思ったのが設備投資の理由。もちろんスコッチ業界が、これまでたくさんの浮き沈みを経験してきたことは承知しています。でもシングルモルトのスコッチウイスキーは、コロナ禍の時期を通してもずっと好調でした」

創業から18年を数えるキルホーマン蒸溜所にとって、大規模な投資はこれが初めてではない。2020年には広大なテイスティングルームが併設されたビジターセンターをオープンし、観光客や地元の人々に人気を博している。

その前年には発酵槽7槽、ポットスチル1組(2基)、マッシュタン1槽を増設し、年間生産量を30万リットルから60万リットル以上にまで倍増させた。ウィリスによると、近い将来にスチル2組、大型のマッシュタン1槽、大型の発酵槽などを追加し、最終的には2024年内に年間生産量を120万リットルにまで倍増させる予定だ。

かつては小規模なクラフトディスティラリーの象徴だったキルホーマンも、需要にあわせて生産力を拡大している。それでも手づくりの伝統をしっかりと受け継ぐのがアイラの矜持だ。メイン写真はブルックラディ蒸溜所。

すべての生産工程をアイラ島でおこなうブルックラディ蒸溜所は、島外に業務をアウトソースできない。だから設備投資のニーズも絶えることがなく、熟成中の樽を収納するために新しい貯蔵庫を建設する計画がある。モルトウイスキーとジン「ザ・ボタニスト」の増産に対応するため、新しいボトリング設備の設計も進行中だ。

製造責任者のアラン・ローガンが語る。

「すべてをアイラ島でおこなうこだわりをさらに進化させるため、製造工程だけでなく雇用も島内で維持しながら地元コミュニティをサポートします。そんなアイラ現地主義における最後のピースが、ここで自前の製麦施設を建設すること。将来の稼働に向けて準備中です」

さらにブルックラディの最新情報といえば、アイラ産大麦に関するチームの研究が進展していることだ。蒸溜所は2018年に30エーカーの区画「ショア・ハウス・クロフト」を購入。ローガンいわく、ここが作物研究、穀物開発、土壌の健全性、再生農業、輪作などの重要な拠点となっている。

「アイラ島でさまざまな試行錯誤をしながら、蓄えた学びやベストプラクティスを農家のパートナーと共有できるようになりました」

そして待ちに待ったポートエレンの復活だが、来年にオープンする予定であるという情報以外はまだ詳細も曖昧なままだ。新しいポートエレン蒸溜所は、かつての施設と同じ規模や仕様で建設される。さらにはその3分の1の規模で全く同じ設計の蒸溜器も2基設置し、そこで実験的な試みがなされる予定である。
 

進化するビジター体験

 
フェリーの運航が不安定なのは頭痛の種だが、ひとたびアイラ島に到着すればそこは天国なのは間違いない。蒸溜所の見学や試飲にとどまらないビジター体験が待っている。

カリラ蒸溜所からは、アイラ海峡をはさんでジュラ島の島影が見える。ビジターセンターを改修して、ウイスキー観光に力を入れるのもアイラ島のトレンドだ。

カリラ蒸溜所は、2022年に新しいビジター体験を指導させた。ディアジオがウイスキー観光の分野に投じる1億8500万ポンド(約336億円)の一環である。ディアジオで第7のウイスキーブランドハウスとして位置付けられるカリラ蒸溜所も、この投資によって大きく生まれ変わった。

新しいカリラ蒸溜所は近代的なショップスペースを擁し、壁全面の窓からジュラ島の山々を見晴らせるバーが併設されている。好評のビジター体験について、ディアジオのグローバルブランドアンバサダーを務めるユアン・ガンは説明してくれた。

「カリラの歴史、スコッチウイスキーの起源、そして『生命の水』の故郷でもあるアイラ島。その位置づけを生き生きと伝えるような没入型のストーリーテリングルームがあります。本当にユニークな体験施設ですよ」

そしてボウモア蒸溜所では、ゲストのためにレッドカーペットが敷かれている。高級車メーカーのアストンマーティンとコラボし、ボウモア限定「アストンマーティンDBXエクスペリエンス」の公開準備を進めているところだ。

ボウモアが始める特別な蒸溜所ツアーには、昼食、詳細な蒸溜所ツアー、伝説的なNo.1貯蔵庫でのテイスティング、極めて希少なボウモアのシングルモルトを樽から手でボトリングする体験などが含まれている。

アイラの伝統的な蒸溜所も、時代にあわせたアップデートに余念がない。ウイスキーツーリズムは、まったく新しい時代に突入した感がある。
(つづく)