スコッチの聖地で、新しい蒸溜所や革新的なムーブメントが生まれている。アイラ島の近況を紹介する3回シリーズ。

文:ライザ・ワイスタック

 

アイラ島で発行される地方紙『イーラハ』の2023年5月20日号で、次のような見出しが表紙を飾った。

「14?」

シンプルだが、謎掛けのような見出しである。しかし地元の読者なら、この数字の意味を即座に理解するだろう。

南北40km、東西25kmの岩とピートに覆われた大地。アイラ島の名を世界に知らしめたものといえば、ウイスキーを他においてない。この記事が詳報しているのは、アイラ島に14軒目のウイスキー蒸溜所が誕生しそうだという話題だ。

フェリーのダイヤが乱れるのも、ちょっとしたアイラ名物。ウイスキーの聖地は、今でも独自の路線で世界のファンを惹きつけている。メイン写真はボウモア蒸留所の夕暮れ。

ガートブレックにある農家を改修して、ウイスキー蒸溜所を建設しようという計画は10年ほど前からあった。しかし工事が始まる気配はなく、計画が頓挫したのではないかと噂されていた。それが今になってようやく再び動き出したので、「14」という数字が現実味を帯びてきたのである。

アイラ島で、今からシングルモルトウイスキーの製造に参入したいと考える人はいくらでもいるだろう。島のウイスキー蒸溜所は、コロナ禍の期間でも軒並み好調な売上を報告している。人類が苦難の時にあっても、シングルモルトウイスキーは愛飲家に安らぎを与えてくれるスピリッツなのだ。

スモーキーなスコッチウイスキーのファンなら、誰もがこの島を知っている。ピート香を嗅ぎながらウイスキーを少し口に含むだけで、風雨の吹きすさぶアイラ島の海岸へと想いは飛んでいく。アイラモルトには、それくらい強い感情的な吸引力があるのだ。

だがこの島で新しいウイスキーをつくって、地球上の酒屋やバーや家庭に届けようと思ったら、途方もない努力と資金が必要だ。しっかりとした経営戦略や芸術的な生産手法も欠かせないし、何よりも長い時間がかかる。

好調なウイスキー業界にも、課題はたくさんある。ウクライナ戦争によって穀物の入手が困難になり、関税にまつわる問題も複雑化してきた。これは英国全土のみならず、世界中の蒸溜所が直面しなければならない試練といえよう。それに加えて、離島で建設されるウイスキーメーカーに特有の問題も解決されなければならない。

ここ数年は、本土とアイラ島を往復するフェリーのダイヤが乱れて欠航や遅延が相次いでいる。老朽化したフェリーに故障が続き、運航が制限される。そうなれば原料、蒸溜設備、樽などの輸送にも支障をきたすことになる。もちろん島民や観光客の足止めも新しいアイラ名物となった。

それでもなお、アイラ島におけるウイスキーづくりは前進している。新しい蒸溜所の建設は進み、何世紀もの歴史を持つ老舗の蒸溜所でも設備投資が続く。生産力を拡大するのは、ウイスキーファンの果てしない渇きを癒すためだ。感動的なウイスキーとの出会いに大金を惜しまない人もたくさんいる。そのようなファンたちのために、特別な超長期熟成のウイスキーをボトリングする蒸溜所も増えてきた。
 

離島での終わりなき成長

 
アイラ島のシングルモルトウイスキーには、今でも絶え間ない需要がある。このニーズに応えるため、蒸溜所各社は設備の増設によって生産量を増やしている。さまざまな困難にもかかわらず、この拡大傾向には陰りが見えない。

ボウモア蒸溜所は、244年の歴史を持つアイラモルトの女王。しっかりと70時間以上かける発酵工程を強化するため、木製のウォッシュバックを増設した。デービッド・ターナー蒸溜所長によると、蒸溜所チームは循環型の水冷システムを導入する見込みだという。使用する水の量を最小限に抑え、アイラ島の水資源を保全するためだ。

独立系ボトラーとして名高いハンターレインが設立したアードナホー蒸溜所は、現在アイラ島でもっとも新しい稼働中の蒸溜所。後発の強みを活かして、実験的な試みを次々と打ち出している。

また2023年に創業208年を迎えるラフロイグ蒸溜所も、今年は純アルコール換算で330万リットルという生産量を達成する予定だ。この3月には、新しいウォッシュバック2槽の増設が完了。バリー・マカッファー蒸溜所長のチームは、この設備投資によって発酵時間を53時間から72時間にまで延長できる。さらにはスチルのボイラーの排熱を回収するヒートエコノマイザーが設置され、二酸化炭素の排出量を減らした。ラフロイグが世界に先駆けて取り入れた設備である。

有力なスコッチウイスキーの独立系ボトラーとして知られるハンターレインは、アードナホー蒸溜所を新設して2019年4月から生産を開始した。フル稼働しているアイラ島の蒸溜所では、もっとも新しいメーカーということになる。安定したペースでニューメイクスピリッツを蒸溜し、樽詰めと熟成を重ねてきた。フェノール値40ppmのシングルモルトが、2024年春に発売される予定だ。

予想以上の市場拡大を見込んで、アードナホー蒸溜所は早くも増産に舵を切っている。増え続ける熟成樽を収納するため、のどかな敷地内に3軒の貯蔵庫を建設中である。ビジターセンター運営部長のポール・グラハムいわく、1軒あたり12,000本の樽を収容できる貯蔵庫が10〜11月に完成する予定だ。

アードナホー蒸溜所は、すでに多くの観光客を迎え入れている。敷地内のレストランでは食事やスナックを提供し、ウイスキーのフードペアリングも開催してゲストに人気だ。蒸溜所を訪れる人は、アードナホーのオープンを記念したシングルモルト「スカラバス」も味わえる。これはアイラ島にある別の蒸溜所(非公開)でつくられたウイスキーの特別ボトリングだ。さらには熟成中のウイスキーをテイスティングする機会もある。
(つづく)