ミズナラ樽熟成の原酒を使用したウイスキーが、世界の注目を集めている。森林資源に恵まれた富山県で、昨年末より伝統の木工技術を用いた洋樽製造が始まった。林業家、工務店、蒸留所の新しい連携をレポート。

文:WMJ
写真:チュ・チュンヨン

 

世界的な人気が高まるジャパニーズウイスキー。その要因のひとつに、ミズナラ樽で熟成した原酒の存在がある。日本原産のミズナラは、香木のようにエキゾチックな風味をウイスキーに授けてくれるオーク材だ。希少な味わいを求めて、一部のスコッチウイスキーやアメリカのクラフトウイスキーでもミズナラ樽が使用され始めている。

その一方で、日本のウイスキーメーカーは熟成樽の大半を輸入に頼ってきた。日本らしいユニークなフレーバーを加味できるミズナラ樽だが、調達も加工も決して容易ではない。バーボンバレルなどの輸入樽に比べて、コストもはるかに高いのが現実だ。

タガ締め機は購入したが、鏡板の加工機は山崎友也氏がタイヤ交換機を改造した自作のもの。使いやすい道具も自分でつくってしまうのがいかにも大工らしい。

そんな状況のなか、富山県砺波市の三郎丸蒸留所が地元の資源を活かしたミズナラ樽の製作に乗り出した。プロジェクトを主導しているのは、若鶴酒造の5代目にあたる稲垣貴彦氏である。

山深い富山県西部の南砺市には、良質なミズナラが豊富に生育している。だが国内主要産地として知られる北海道とは異なり、海抜約800mの斜面に生えているので特殊な伐採技術が必要になる。そこで稲垣氏は、まず樽材の調達を南砺市の島田木材に依頼した。同社なら木材搬出の作業道を開設する土木技術も持っている。

島田木材常務取締役の島田優平氏が、地域とミズナラの歴史について教えてくれた。

「富山のミズナラはすべて天然で、昔は薪炭材として使用されていました。萌芽更新によって世代を受け継いできましたが、近年は需要減で放置されるようになっています。径が大きくなったミズナラは、カシノナガキクイムシの食害で赤枯れします。枯れてしまう前に適正に利用し、森のサイクルを維持することで大地の保水力も高まるはずです」

良質な水が大地を潤せば、美味しいお酒づくりにも貢献する。ミズナラ樽の製作は、そんな循環経済の実現にもつながるのだと島田氏は力説する。
 

富山の自然、人、歴史を体現した樽

 
木材の調達ができたら、次の難関は加工である。ミズナラ材は樽にしたとき他のオーク材よりも漏れやすく、特別な技術と経験が必要だ。だが幸いなことに、南砺市の井波地区には古来より木彫の伝統がある。井波彫刻といえば、宮大工から生まれた国指定の伝統的工芸品。現在も約200人の職人がこの地で木工に携わり、全国の社寺や山車に見事な彫刻を提供している。

山崎工務店の山崎友也氏は、そんな井波の職人魂を受け継ぐ大工の1人である。国内の洋樽工場を訪ねて工程を把握すると、タイヤ交換機を改造して鏡板の加工機を自作。すぐに1ヶ月で12本分の鏡板を製作し、このたびタガ締め機も導入した。今日も新しい鏡板を製作しながら樽づくりへの思いを語る。

「大工仕事は直線が中心なので、丸いものは難しいんです。でも新しい分野での自由なチャレンジを楽しんでいます。樽材の選定基準は建築よりも厳しく、かなり贅沢な使い方をします。それでも最初に良いものをしっかりとつくれば、長く使えるところが家屋と同じですね。タガ締め機が手に入ったので、いろんな種類の木材も試してみたいと思っています」

南砺市の井波地区は、宮大工にルーツを持つ井波彫刻で有名な土地柄。一般家庭の欄間も見事な木彫で彩られている。

板の接合には金属や接着剤を使わず、木製のダボを使用する。樽の止水材として使用するガマも富山県産だ。島田木材は、富山のミズナラを使用したこの熟成樽を「三四郎樽」と名付けた。

清らかな大地と水で育ったミズナラを、伝統ある職人芸で組み上げたオリジナルの熟成樽。三郎丸蒸留所のスピリッツを熟成すれば、富山の自然、人、歴史を体現するようなウイスキーになるだろう。稲垣氏は、独自の樽づくりを3段階で進めていく予定だ。第1段階は、地元産のミズナラ材を鏡板にしたハイブリッド樽の製作。第2段階は、米国から調達したバーボンバレルをホグスヘッドに組み換える作業。第3段階は、側板も含めてまるごと地元産の木材を使用した新樽の製作だ。

林業家、工務店、蒸留所による「農商工連携」のモデルに、島田氏は明るい可能性を見出している。

「ダイヤモンドも磨かないと輝きません。家づくりも、山づくりも、ウイスキーづくりも、みな数十年先を見据えながら受け継いでいく事業。仕事はそれぞれ違いますが、考え方の波長が合うんですよ」
 

富山らしさを追求する三郎丸蒸留所

 

クラウドファンディングで大規模な改修をおこない、生産設備も増強中の三郎丸蒸留所。北陸唯一のウイスキー蒸留所は「富山らしさ」にこだわっている。

これからミズナラ樽を使用する三郎丸蒸留所は、北陸唯一のウイスキー蒸留所として進化を続けている。築90年以上という木造洋式トラス構造の建屋を改装し、再オープンしたのは2017年7月13日のこと。改修費用の一部はクラウドファンディングで賄い、目標額の2,500万円を大きく上回る3,800万円を集めた。蒸留所は一般見学も可能で、2018年には約12,500人もの訪問客を集めている。

生産設備にも、着々と投資をおこなっている。2018年4月に導入した新しい三宅製作所のマッシュタンは、味だけを追究した特別仕様だという。制御盤には北陸コカ・コーラボトリングの技術を取り入れ、品質を高めながら安定した仕込みを可能にした。蒸留器についても新しい挑戦を進めている。

また富山県立大の協力で、富山県産の酵母も使用し始めたところだ。高岡産の大麦から発見された酵母でつくったスピリッツをシェリー樽で熟成中だという。新しいミズナラ樽を含め、すべての要素が「富山らしいウイスキー」へと集約されているのだと稲垣氏は語る。

「最初は頑固な感じがしても、長く付き合うほどに優しさを感じられるのが富山の人柄。スモーキーかつ重厚でありながら、華やかなエステル香を持ったウイスキーを目指しています」

理想の味わいは、さまざまな地元の伝統を味方につけながら着実に歩みを進めている。