ハリス島を後にして、ほぼ地続きのルイス島へ。島で唯一のウイスキーは、ウシュクベーハーの歴史を継ぐ真正の手づくりスピリッツだ。

文:アビー・モールトン

 

曲りくねったハリス島の道路に戻り、今度はルイス島を目指す。大地には日光が降り注いでいるが、雲の影に入ると急に暗くなったりする。大自然の中で、光と影が織りなすドラマチックな景観に驚きながら車を走らせる。

さっきから、若い世代を島に呼び戻すリクルーティングの取り組みについてずっと考えていた。現代は物事が進むペースも速く、オフのない「常時オン」の社会が支配的だ。ただ待つべき物の到来や完成を静かに待ち、「人生は時間がかかるのだから」と達観する価値観は、ハリス島の驟雨のごとく爽やかに現代人の思い込みを洗い流してくれた。

円筒形の釜に、魔女の帽子を思わせる細いネック。ルイス島の伝統に従ったというアビンジャラク蒸溜所のスチルは、税吏の来訪に備えた「密造仕様」だった。メイン写真は蒸溜所の外観。

この眼を見張るような風景の中で、ゆったりと進む島の生活。ときどき羊たちの群れが道路を横切るのを待つ。これがハリス島のラッシュアワーだ。人生の避難地として、これ以上の場所もないと思わせる。

ハリス島の西海岸には、ウイグ・サンズの海岸を目指す。ビーチへ続く道は、孤独な一人の王によって護られている。この王(キング)の像は、有名な「ルイス島のチェス駒」の発見地を記念して建てられたものだ。12世紀にバイキングたちが遺した78個のチェス駒は、セイウチやハクジラの歯でできていた。

ビーチは目のさめるような白砂で、海の深いターコイズブルーと鮮やかな対比をなしている。この独特な青緑色には、ゲール語で「ゴーム」という名が付いているほどだ。崖には石と木で造られた見事な避難小屋「マンガースタ・ボシー」があり、窓からは眼下に打ち寄せる白波が見渡せる。

そこから遠くない場所にあるレッド・リバーには、血なまぐさい殺戮の歴史がある。バイキングに奪われた土地を取り返そうとして、元々の住民が激しい反乱を起こした場所だ。残忍な殺し合いによって、川が人の血で赤く染まったという伝説がある。

もちろん、現在の川にそんな形跡は残されていない。この川の水はウイスキーの仕込み水として使用されている。そのウイスキーをつくるのは、マーク・テイバーンが2008年に建設したアビンジャラク蒸溜所。アビンジャラク(Abhainn Dearg)とは、レッド・リバー(赤い川)を意味するゲール語だ。
 

徹底した手づくりと伝統への畏敬

 
マークは伝統を重んじ、地産地消を実践する人物である。そのためウイスキーの原材料も、酵母以外はすべて島内で調達して、ウイスキー生産もほぼ完全な手作りだ。ストーノーウェイで調達した大麦は、蒸溜所内に持ち込んでピートを炊いて製麦する。ここにあるのは、おそらくスコットランドで最小規模のモルティング設備ではないだろうか。

徹底した手づくりなので、生産量は少ないアビンジャラク蒸溜所。すべてのボトルが希少なシングルカスク商品となる。樽のバリエーションは豊富で、ピートの効いたスピリッツとの相性も面白い。

もろみを蒸溜するのは、2基の自家製スチルだ。どちらも背の高い円筒型のスチルで、幅の狭いネックのシルエットが魔女の帽子のように見える。この形状のスチルが、実際にルイス島のスタイルなのだとマークが教えてくれる。

「ウイスキーを密造していた時代、ルイス島ではみんなこの形のスチルを使っていたんです。税吏がやってきたとき、すぐに隠しやすい形状ですから」

マークはウイスキーを手づくりするという方針に妥協がない。そのため蒸溜時のカットポイントは数値で決めず、あくまでテイスティングによって判断するのだ。「何百万年もかけて進化してきた舌と味蕾を信頼しましょう」とマークは言う。

アイル・オブ・ハリス蒸溜所が未来を見据えているのに対し、アビンジャラク蒸溜所は誇り高き過去への畏敬を守っている。ブランドに伝統的なケルト書体を使用するマークは、自分のウシュクベーハーづくりを説明するときにもゲール語をまじえて語る。

ウイスキーはすべてシングルカスクのリリースだ。そもそもブレンドしてボトリングするほどの生産量がない。アメリカンバーボン樽、マデイラ樽、シェリーバット、ワイン樽などが、小さな貯蔵庫のラック上に置かれている。

ヘビリーピーテッドのマデイラ樽熟成原酒は、ダークで深い味わいだ。燻製肉や海藻のような印象や、ヒースの花を思わせるダークな香りもある。口に含むと、ルイス島の大地のような起伏に富んでいる。マークが目指すのはルイス島らしい味わいのウイスキー。それが万人受けする必要はないと考えている。排他的だと思われることがあるかもしれない。でも命の水と呼ばれたウシュクベーハーを味わいたい人なら、このような誠実さに惹きつけられるはずだ。
 

特別な水が生まれる秘密

 
アイル・オブ・ハリス蒸溜所とアビンジャラク蒸溜所は、ハリス島とルイス島の対照的なイメージをさまざまな形で反映している。だが共通するのは、スピリッツに宿る美しい野生だ。

ウイスキー用天然水「ラークファイヤー」の共同創業者であるジェームズ・マッキントッシュも、この野生を求めてハリス島までやってきた。「ラークファイヤー」の水源は、島の谷あいにあるロッホ(湖)だ。冷涼で清冽な水をたたえた湖の両脇には、ワラビやヒースの茂る斜面がある。ここで得られる水は、30億年前の地層から湧き出している天然水だ。

ウイスキーには、最高の天然水が相応しい。ウイスキー用天然水「ラークファイヤー」は、アウター・ヘブリディーズの特殊な岩盤が育てた究極の軟水だ。

この水を生み出しているのは、島のユニークな岩石である。ルイス島の片麻岩は、何百万年も前に変成された岩で、極めて濃密に圧縮された層が縞状になっている。この岩の組成があまりに密で固いため、水が岩石の中を通らず、濾過中にミネラルを含むことができない。水は岩石の上に留まるため、ピュアで軟らかい水質を保つのである。

あまりにきれいな水なので、そのまま汲んで飲む人もいるのだとジェームズは言う。「ラークファイヤー」は、そんなスコットランドの島々への愛から生まれた。

「完璧なまでに美しい自然。常に移ろいゆく季節。その風景を照らす独特な陽光。そして島々に住む人々。このコミュニティの一員となって、恩返しがしたいという気持ちでウイスキーをつくっています」

売り上げの一部は、ストーノーウェイ・トラストを通してハリス島に還元される。ストーノーウェイ・トラストは、「ラークファイヤーに使用する水源地を管理している団体だ。天然水の事業を成功させ、水源地の環境保護活動にも価値を付加できるような雇用を創出したいとジェームズは願っている。

アウター・ヘブリディーズでのウイスキーづくりは、まだ始まったばかりだ。「ラークファイヤー」のラークとは鳥のヒバリのこと。ヒバリには、夜明けや目覚めを意味する霊的な意味もあるという。この「ラークファイヤー」という清らかな天然水にも、スピリッツを目覚めさせるような魔法がある。そしてあたたかな火は、ヘブリディーズ諸島の野生とホスピタリティのシンボルだ。