アメリカンウイスキーの現在【第3回/全3回】

February 22, 2016

アメリカンウイスキー業界に関するレポートの最終回。人気のフレーバードウイスキー、大資本による買収劇、小規模なクラフトディスティラーの劇的な増加や背後にある問題点を、アメリカンウイスキーの専門家ライザ・ワイスタックが解説する。

文:ライザ・ワイスタック

 

成長を続けるフレーバードウイスキー

バーボン純粋主義者は聞くのもうんざりかもしれないが、成長率トップの分野を維持しているのがフレーバードウイスキーだ。ここには明確な理由がある。企業各社は、フレーバードウイスキーがウイスキー未経験者をバーボンカテゴリーへと誘いこむ良策であると見ているのだ。先駆者はワイルドターキーで、1976年にジミー・ラッセル氏がハチミツのフレーバーをつけたバリエーション「ワイルドターキーハニー」を開発したのが事の始まりである。同社はアメリカンハニーを発展させ、隠れたコショウの風味が注入された「スティング」を発売している。

最新フレーバーの中で注目されているのは、ヘヴンヒルが開拓したシナモンだ。2015年にはジャックダニエルが「テネシーファイヤー」を全米で発売し、ビームがフレーバーマニア向けの「レッドスタッグ」をリリースしている。2015年夏に「ジムビームアップル」を発売したビームサントリーのロブ・ウォーカー氏(バーボン部門ヴァイスプレジデント)は、この分野の成長を予言する。

「フレーバーのイノベーションが、まだまだ驚くような潜在力を持っていると信じています。この分野はウイスキーカテゴリーの間口を大きく広げ、バーボン市場に新しい人々を呼びこむ役割を果たしているのです」

 

買収劇とそのインパクト

アメリカンウイスキーにおける近年の大きな買収劇といえば、2014年にサントリーがビームを160億ドルで傘下に収めたことである。その後も特筆すべき買収はいくつかあった。ウッドフォードリザーブの設立に寄与した故リンカーン・ヘンダーソンの「エンジェルズエンヴィ」をバカルディが買収した。また5つのレーベルと限定品のバレルセレクションを生産している小規模ブランド「レデンプションライ」を、ニューヨークのドイチュ・ファミリー・ワイン&スピリッツが買収している。大人気のアメリカンウイスキーを、誰もが自分のものにしたいと願っているのだ。

オークビュースピリッツで上級顧問を務めるデイヴ・ピッカレル氏によると、クラフト蒸溜の会議にはいつも有望ブランドの買収を目論む大手企業が参加しているという。状況を見る限り、このような買収への意欲はまだ衰えることがないだろう。

 

クラフト蒸溜の隆盛と諸問題

サンフランシスコのアンカースチーム醸造所から質素なスチルを買い取ったフリッツ・メイタグ氏が、アンカー・ディスティリング・カンパニーを設立して100%ライウイスキーの生産を始めたのは1993年。あれから20年以上の年月が経った。2008年にジェームス・ビアード・ライフタイム・アチーブメント・アワードで栄誉ある賞に輝いたメイタグ氏は、今やクラフト蒸溜界のゴッドファザーと呼ばれている。この分野は、彼が想像だにしなかったレベルまで大きく成長したのだ(メイタグ氏はアメリカのクラフトビールのパイオニアとしても知られている)。10年前は全米で10社前後だったクラフト蒸溜所も、今では800社以上と試算されている。すべての州に少なくとも1社あり、ニューヨーク州は全体で60社を超えるなど、おどろくほど多数のクラフト蒸溜所が密集する州もある。

小規模蒸溜所の劇的な増加は、昔ながらのアメリカンドリームを感じさせる状況だ。蒸溜所オーナーはそれまでの仕事を辞め、豊かな伝統のあるウイスキー業界で働く情熱に突き動かされている。人々が食べ物の出自に関心を持つようになったことも追い風になった。全米のどこへ行っても、レストランで地元産のウイスキーが飲めるという状況が、ウイスキーへの関心を後押ししてきたのだ。

だがこの「地元産」にはやや疑問がある。多くの自称クラフト蒸溜所では、バーボン、ライなどのウイスキーをインディアナ州にあるMGP蒸溜所のような巨大工場から調達しており、実質的には生産者ではなく商業的なボトラーである。このような事実をボトルに記載していないケースは少なくない。これは酒類の規制やラベル表示を監督する政府機関「酒類タバコ税貿易管理局」の盲点をついたもので、最終工場で扱いさえすればウイスキーの生産地を名乗れるという法の抜け穴だ。

さらに悪いことに、スピリッツを他社から購入しているブランドの多くは、「スモールバッチ」「ハンドクラフト」「ハンドメイド」などの用語をラベルに謳っている。訴訟社会のアメリカでは、このような表示が誤解を招くということで訴訟問題にも発展している。ライウイスキーを「スモールバッチ」と謳ったエンジェルズエンヴィに対する訴訟もそのひとつだが、同ブランドは近頃バカルディに買収された。この問題についてはツイッターなどで痛烈な批判も多く、監視役の市民は「クラフト」を名乗れる基準の明確化と、透明性の義務化を訴えている。

だがこれは商業的なボトラーの引き起こす問題の始まりに過ぎない。大企業はかなり以前からウイスキーの品不足に頭を悩ませている。2013年にはメーカーズマークが供給拡大のためにアルコール度数を引き下げようと画策したが、消費者がその計画を阻止した例もある。あまりにも多くの小規模メーカーが増え、工場を持つ巨大企業から先を争って原酒を樽買いするために、全体の供給量が縮小しているのだ。自社製品が熟成中で時間がかかるため、その間に必要になるのだと言い訳する新興蒸溜所もある。だが自社製品がまだ眠っている間に、母屋の底が抜けてしまわないか気が気でならない。

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